bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

日記

きょうから夫婦で盛岡へ。早起きして新幹線の時間より一時間はやく東京駅に行き、丸の内のVIRONでパンを買う。地元にはお高級なパン屋さんがないのでそのようなパンをお土産に買っていくと母がことのほか喜ぶのだ。お土産用のパンと、自分たち用のパンを買いこみ、広場のベンチに腰掛けて朝食。クロワッサンをかじると、ビル風に乗ってパンくずがヒラヒラと舞う。ふと見るとスズメがちょんちょんちょんと歩いており、妻とあいつパンくず食べるかな?食べるかな?とささやきあっていると、スズメはささっとパンくずを啄んだ。妻が食べた!やっぱり!と指差すと、スズメはひとこと「あんま見んなし」と言い残してそのまま離陸し、ピカピカと光る街路樹の葉っぱの中に消えていった。クロワッサンを食べ終えた俺の黒いパンツはパンくずまみれになっており、立ち上がってそれを払い落としながら、もう一度スズメが来たらいいのになあ、と街路樹を見ていたが、それきりスズメは現れなかった。

キングオブコント2021(というか空気階段)

空気階段おめでとう。最高の大会だった。今年は「変なやつにツッコむのではなく、受容する」ことで笑いを作るネタが多く、そうじゃないネタは「古い」とジャッジされるような雰囲気があった。ポリコレとか放送コードとかもうそういうことでもなく、単純に世の中がそういう雰囲気になってるってことなんだろう。

そんな中でも空気階段の世界観は一歩先を行ってた。男性ブランコ蛙亭やザ・マミィのネタはまさに「異質を受容する」ことが笑いになる構造なのだけど、空気階段は「異質を受容」なんてことをわざわざやったりはしない。空気階段の世界では、もはや「異質は普通」になっている。人間はみんないびつで、一見まともな人間にも異質な部分があり、一見ヤベえやつにもまともなところが当然にある。空気階段はそういう世界観でコントを作っている。この世界には、ドMな消防士もドMな警察官も普通にいて、プレイ中に火事があったら人命救助に命を張る。小学生のころの自作の漫画の設定を再現したカフェを経営するおっさんがいて、そこではこだわりのコーヒーを出したりするし、たまたま店に入った若者がそれを面白がったりする。定時制高校の滑舌の悪いダミ声のおっさんが16歳みたいな恋愛をする。それは、なんにも変じゃない。いや、変かもしれないし、思わず笑ってしまうようなことなのかもしれないけれど、でもそれは、アリとかナシとか、誰かにジャッジされるようなことではない。「まとも」な誰かにツッコまれるようなことではない。なんならそういう、「まとも」な観点で言えばダメだったり変だったりうだつがあがらなかったりする、そういう不器用なやつらの不器用な振る舞いのほうが、「まとも」な振る舞いよりもずーっとずーっとグッときたりする。

いま興味があるのは、二人のそういう世界観はどうやって育まれたのか?ということだ。もぐらがずっと聴いてた銀杏BOYZみたいなロックンロールはモロにそういう価値観なので、もぐらがそういうヤツなのはよーくわかるのだけれど、かたまりはどういう流れでそうなったんだろう。「お笑いのある世界に生まれてよかった」とか、「生きてる意味がある」(こんなん「生きてる意味なんてなんにもない」って思ってたやつじゃないと吐けないセリフだ)とか、そういう言葉を、大舞台で本気で言える、そういう人間は、どういう本を読んで、どういう音楽を聴いて出来上がったんだろう。誰かそういうインタビューでもやってくれないだろうか。

シンエヴァ見てきた(ネタバレあり)

見てきた。

薄っぺらい自意識に引きこもるのやめて社会に出ようぜ!他者と向き合おうぜ!

ってテーマが旧劇のときから一切変わってなくてなんか感動した。

ただ、旧劇のときは「それを言ってるお前が一番自意識ぺらぺらやんけ」って感じだったのが、今回はちゃんと大人になってた。二十年かけてがっつり社会性を獲得してた。会社経営して結婚して人間関係構築して、だけじゃない気がした。子どもはいなかったはずだから、親御さんが亡くなったりしたのかしら?とか思った。

 

いまいち存在意義のわからなかったマリの存在意義がようやくわかった。

奥さんだった。

邪推100%だけど、庵野さんにとって旧劇のころの恋愛は、傷つけあう感じで、人格的成熟みたいなのはあまり齎さなかったのかなーなんて思った。

いまの夫婦関係は、庵野さんにとって、いい関係なんだろうなあ、とか思った。

 

マリ、ゲンドウや冬月と同じユイさんガチ恋勢だったはずなんだけど、シンエヴァではそんな素振りは全く無かった。キャラとしての位置づけが変わったんだろうなーと思った。

 

人生にとって深い意味のあった女性、母、若いころ大恋愛した元カノ、色々あったおかげで僕も大人になりました、いま人生を共にしているパートナーとお互いを支えあう良い関係を気づけているのもそのお陰です、本当にありがとうございます…!みたいな話だった。

 

社会性の表現が「一緒に働く」ことと「子をなし育てる」でしかないのはどうなの?とか、女性との関係性に寄りかかりすぎなのでは?とか、ラストで自分に向かって「気持ち悪い」ってちゃんと言わせてた旧劇って誠実だったんだなーとか言いたいこともあるけれど、俺は感動した。

 

監督のむき出しっぷりと変わらない気持ち悪さに、本当に本当に感動した。

 

見てよかった。

 

 

 

 

 

2020

2020年だった。ものすごく慌ただしくて、ありえんほど不穏で、この上なく不安で、とどのつまり何も変わらない一年だった。コロナのせいで世の中はものすごく変わった、変わったような気がした、でもいま振り返ってみると結局何も変わってなかったように思う。オウムや9.11や震災といった過去の事例と同じように、日常は変化を丸呑みにして図太く続いていった。その中で僕らは、寝て、起きて、食べて、働いて、世間話をしたり、悲しんだり、寂しかったり、嬉しかったり、散歩をしたり手をつないだりした。ユニクロがセールをやるたびに通販をやってしまい、今後5年はTシャツに困らないぞってくらいTシャツばかり買っていたことが年末の掃除のときに判明したりした。Tシャツの他にも買い物をたくさんした。在宅勤務のためにデスクを買って、モニターを買って、クッションを買って、でも結局のところあんまり家では仕事をしなかった。その分、通勤用に買ったネイビーのレザートートが大活躍したので一勝一敗みたいな感じでよかった。

消費といえば、今年はよく遠出をした。夏には大阪へいった。人のいない時間に、人のいない場所を歩いてまわった。大阪は、美しかった。日曜の夕暮れの誰もいない北浜、深夜の中之島、早朝の天六うどん屋


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ここのうどんがあんまり好きで、3日連続通い詰めてしまった。

 

他にも小田原の江之浦測候所にも行ったり、

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彼女のご両親を僕の地元にご招待して、綺麗な場所を見てもらったりした。


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いろいろなものにお金を使って楽しく過ごした一年だったけど、いちばん良かった使いみちは、彼女に指輪を贈ったことだったと思う。二人でそれっぽいジュエラーをいくつもまわって、たくさんの指輪を試した。最終的に僕らが気に入ったのは、かわいらしい蝶のかたちをした、ピンクと緑の貴石をあしらったゴールドの指輪だった。薬指に嵌めるには少々大きくて、お直しもできないと言われたけれど、そんなことは問題じゃなかった。その指輪はほんとうにキュートで素敵だった。試した瞬間、これしかないって二人とも思った。こんな指輪だったらちょっとやそっとのいやなことがあったって指を見るだけで元気が出るね、と彼女は言ったし、僕が贈りたかったのもまさにそんな指輪だった。

僕は彼女に素晴らしい指輪を贈りたかった。出会ってから今日までの思い出、気持ち、空気、そういうものの素敵さに負けないような、素敵な指輪を贈りたかった。ちょっとやそっとの憂鬱なんて一発で吹き飛ばせるような指輪を贈りたかった。そういう指輪を二人で探して、二人で見つけて、試着して素敵さにため息をついたり、帰り道で幸せな顔で笑いあったり、そういう記憶を留めておきたかった。

幸運なことに、結果としてすべてがそのようになった。僕は彼女に理想どおりの指輪を贈った。僕らが婚姻届を出した日からちょうど一週間後のことだった。

 

2020年はこのように過ぎていった。

愛と喜びと悲惨と理不尽とが綯交ぜに存在して、それらすべてがかけがえのないものだった。

いつもと同じ、美しい一年だった。

 

 

靴の話

秋の訪れとともに誕生日がやってきた。誕生日なんてもう何十回と繰り返してきたわけだけど、今年はなんだかいつもよりたくさん歳をとったような気がする。急に冷え込んできたせいだろうか。枯れ澄んだ秋の空気のせいで急に老け込んだような気分にさせられているのだろうか。それとも人に教えるタイプの仕事が増えたからだろうか。ダイエットのため極端に食事を減らしているせいで弱っているのだろうか。これら全部のせいか、それとも全部的外れか。考えても理由はわからない。わからないが、とにかくやけに歳をとったような気がする。

 

誕生日なので物欲を開放し、靴を6足買った。彼女とナイキのアウトレットに行き、誕生日プレゼントにとハイテクスニーカーを3足買ってもらった。それから、これはアウトレットではなく、ゴアテックスのスニーカー(これもナイキだ)を1足買った。数日後、Amazonがセールになっていたので、会社用の革靴を2足買った。靴を箱から出し、鏡の前でほんの少しファッションショーをして、新品の靴をおろすときにだけ許される、家の中を靴のまま歩き回る感触を確かめたあと、玄関に6足の靴を並べた。既存の靴だけでも収納の限界を迎えていた玄関は、瞬く間に靴で溢れ、足の踏み場もない状態になった。イメルダ・マルコスになった気分だ、と彼女に言ったら、イメルダ・マルコスAirの入った靴なんて持ってなかったと思うよ、と言われた。

 

イメルダ・マルコスは、インドネシアのマルコス元大統領の婦人だった女性で、靴をたくさん持っていることで有名だった。イメルダは本当にたくさんの靴を持っていたし、また毎日のように靴が増えていったので、何足の靴を持っているのか、自分でもわからないほどだった。イメルダは靴が好きだった。洋服も帽子もかばんも好きだったけれど、彼女にとって靴は特別だった。ピンヒールもブーツもスニーカーも、マノロラニクもルブタンもドクターマーチンも瞬足も、靴ならば何だって特別だった。色もサイズもジャンルも、そういうことは何も気にせずとにかく靴を買い漁ったので、マルコス家のシューズクロークはあっという間にいっぱいになった。リビングのソファの上や流しの下はもちろんのこと、キングサイズのベッドの上にまで靴は侵食した。マルコス邸は、いまや大きなシューズクロークだった。

 

大統領はイメルダに、なぜそんなに靴が好きなのか、と尋ねた。イメルダは、わからない、と答えた。わからないけれど、落ち着くの。靴に囲まれていると、とても安らいだ気持ちになれる。わたしは本当は、靴を所有したいのではなく、靴になりたいのだと思う。この家をこんなふうにしてしまって、あなたには申し訳ないと思っている。でも、このシューズクロークみたいな家にいるとき、わたしは靴みたいだと思える。だから、わたしは幸せ。ここにいるときがいちばん幸せ。そう言って微笑むイメルダがあまりに美しかったので、マルコス大統領は何も言えなくなってしまった。大統領は、イメルダを深く愛していたのだ。

 

イメルダは、ますます靴にのめりこむようになった。あまりに靴が増えすぎたので、大統領はホテルに泊まる日が多くなった。大統領がたまに自宅に帰るとき、イメルダはたいてい眠っていた。深夜に帰宅するときはもちろん、昼間に帰る場合でも、リビングのソファの上で、靴に囲まれるようにして眠っていた。靴の夢を見ているのだろうな、と大統領は思った。靴になって、人間ではなくひとそろいの靴としてこの家に存在しているイメルダを想像した。それから、この家にある膨大な靴のうち、どれかひとつがイメルダだったとして、自分はイメルダだった靴とそれ以外の靴を見分けられるだろうか?と考えた。わたしのイメルダへの愛はイメルダが靴になったくらいで盆百の靴とイメルダとを見わけられなくなる程度のものなのだろうか?ということと、靴になっても見分けられるほどの愛でなければ愛と呼ぶべきではないのだろうか?ということが、2ついっぺんに頭に浮かんだ。イメルダの寝顔を見ながら、そういうあれこれを考えているうち、大統領は分かってしまった。イメルダはいずれ靴になる。靴になったイメルダはもう自分のことなど認識できなくなるだろう。でも、イメルダはそれをこそ望んでいる。特別な、かつてイメルダだった靴になるのではなく、ありふれた、どこにでもある、特別ではないただの靴になることを望んでいる。

 

大統領は、ほんの少しだけ泣いた後、イメルダが目を覚まさぬうちに家を出た。大統領は、その翌日、政敵の放った刺客に暗殺された。イメルダは、靴に囲まれて眠る暮らしを続け、そのまま天寿を全うした。イメルダは死ぬまでイメルダのままで、靴になることはなかったが、大統領がそれを知ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

近況

色々あって忙しい。

そのうち暇になるかもだけど、いまのとこは、忙しい。

 

特に代わり映えしない感じでやっている。

 

サボテンの芽がぐんぐん伸びて嬉しかった。

めっちゃ縮んだガーゼマスクをつけたら乳首しか隠れないエロマイクロビキニみたいで面白かった。

けっこう遠くの公園までがんばって散歩にいったら閉鎖&工事中で悲しかった。

空き家の竹やぶが荒れ放題で隣家の庭までタケノコが侵食してて怖かった。

高いジンを買うために酒屋に行ったのに高いからって買わずに帰った。

ハラミは肉かモツかで言えば肉だろと思っていたがやっぱモツなのかもなと思うようになった。

酔っぱらってツムツムに課金した。

 胃腸の健康維持におけるヤクルトの重要性を再認識した。

良い川を見にいきたい、と毎日考えるようになった。

 

特に代わり映えしない感じで毎日やっているけれど、ほんとは色々変わってるのだろう。

ちゃんと思い返してみれば、ほんのひと月前と今とでも、ずいぶん色々変わってる。

嘘みたいだ。

もう十年これでやってるみたいな顔でいたのに。

 

このさきもガンガンに変わっていくのだろう、

予想もつかない感じに変わっていくのだろう、

でもまあ、世の中には変わることより変わらないことのほうがずっと多いし、

世の中はそういうふうにできているので、

あんなに色々変わったのにな、

なのに驚くくらい変わらないな、

 

みたいなことをいつか思うのだろう。

 

 

 

ロロ「四角い2つのさみしい窓」

書きかけて放置していた文章を見つけたのでそのままアップ。

 

ロロ「四角い2つのさみしい窓」@こまばアゴラ劇場

 

とても良くできたお芝居だった。

 

透明な防波堤。関係性への名付けの拒否。マガイものと本物を区別しないこと。境界線を架け橋にすること。

 

引用、見立て、演劇的な仕掛けを駆使して、あちらとこちらを隔てる境界線を、乗り越えたり、無効化したり、往復したり、重ねたりしていた。

 

舞台の上には、ギミックと、ファンタジーと、優しさが溢れていた。

ただ、切実さが不足していた。

 

「死すら別れにはならない、彼岸と此岸は分かたれてはいない、私はいつでもあなたに会える」

こういう言葉(劇中にこんな直接的なセリフがあるわけではないがメッセージは概ねこんな感じ)が感動を呼ぶのは、本当は会えないからだ。死は永遠の別れに他ならず、彼岸と此岸は残酷なまでに分かたれてしまっている。どれだけの愛があろうとも、触れることも、言葉を交わすことも適わない。死がそういうものであるからこそ、「死者は世界に偏在する」とか「忘れないかぎり、生き続ける」みたいな言葉が輝く。失ってしまった痛み、いつか失われることへの不安、そういう寂しさがあるから、喪失の肯定に力が生まれる。

 

今回の舞台では、喪失ははじめから肯定されているように見えた。これは深刻な喪失を味わっていない人の作品なのかもしれないな、と思った。

 

これは勝手な推測だけど、三浦さん、失う前に恐れていたほどには喪失が痛くなかったのではなかろうか?

恋をして、いまのこの世界があまりにも輝いて見えて、輝いているが故に、恋人を失うこと、恋心を失うこと、いま抱いている切実さをいつか忘れてしまうこと、そういうことが本当に本当に恐ろしくて、そういう切実さに彩られてロロのボーイ・ミーツ・ガール・ラブ・ストーリーは成立していたのではないか。でも、いざ恋を失ってみると、世界は終わったりしないし、日に日にしんどさも薄れていって、恋心も忘れてしまって、それでも世界は相変わらず美しくて、それってどういうことなんだろう?あれだけ奇跡だった切実さを失ったのに、なぜ?という問いが生まれて、その答えが「失われた恋にも意味はあるのだ、忘れてしまったとしても消えないのだ」なのではなかろうか。ただ、ここ最近のロロのお芝居に共通すると思うのだけれど、そこには張り詰めるような切実さはやはり存在しなくて、むしろ柔らかく優しく弛緩しており、そうだとすると、切実でない、弛緩した目から見ているにも関わらず世界が美しくてたまらないというのは、いったいどういうことなんだろう?という問いが立ち上がってくるし、ロロはまだそこに答えていないんじゃないか、と思うのです。