bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

日記

初めての店で散髪をした。カット二千円の安床で、眉毛カットもつけて二千五百円。長さは二ヶ月分くらい切って、ついでに厚くなってるとこを梳いてもらって、と頼み、椅子に座ってエプロンをかけ、眼鏡を外して、そのまま雑誌に目を落とす。おとなの週末の谷中特集。行く気もない飲食店に少し詳しくなり、眠気を感じて目をつむる。寝ているつもりはないのだが、客観的な視点ではたぶん少しうたた寝なんかもしている。「眠いし目をつむってはいるが寝ていない」と「うたた寝をしている」を主観的に区別するのはあまりにも困難である。シャンプー台でシャンプーをして、席に戻ってブローしてもらい、こんな感じでどうですか、と後頭部に鏡をあてがわれ、どれどれとばかり眼鏡をかけると、髪がペタンコになっていた。どうやら指示通り徹底的に梳いてくれたようで、梳かれたというか透かれたというか、伸びて伸びて厚く重たかった髪が、サッパリを通り越してペタンコになってしまった。そしてカットした眉毛はやたらとキリリとしている。眉尻がほぼ直角になっており、一度決めたら梃子でも動かないといった意志の強さを感じさせる仕上がりである。正直イメージとはちょっと違ったけれど、切ってしまったものをもとに戻すことは誰にもできないし、髪型なんて自分が気になるほどには他人は気にしないものだし、もしかしたら他人から見たらこのくらいのほうが似合っているのかもしれないし‥‥みたいなことを一瞬で考え、でもそんなことはおくびにも出さずにアルカイックスマイルを浮かべたまま、美容師さんに「あ、大丈夫です」とだけ伝えた。会計をしながら、担当してくれた美容師さんと、ご来店は初めてですか、お住まいはこのあたりなんですか、みたいな雑談をしていると、美容師さんはなんの脈絡もなく、「お客さんはきっと赤い眼鏡のほうが似合いますよ」と言い出した。「いまの青い眼鏡もいいですけど、赤いのもすごく似合うと思います。というか、赤いほうが似合うと思います。」と言われたが、何と言っていいかわからなかったので、「あ、そうですか、初めて言われました。ありがとうございます。」とだけ答えた。レシートを受け取り店を出て、家に向かってホテホテと歩きだし、赤の眼鏡をかけた自分を想像してみたが、山里亮太しか思い浮かばなかったので、俺は考えるのをやめた。ペタンコの頭にキリリとした眉を持つ赤くないメガネの男性は、何も考えることなく、住宅街を闊歩していた。