bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

近況

3/1日曜

ひとりスーパーで買い物をして帰宅したら、テレビが映らなくなっていた。首をかしげながらテレビ台をずらし裏側をのぞくと、そこにはありったけのミニカーが詰めこまれている。妻に聞くと、みっちゃん(2歳の息子)が投げこんだという。

なぜだかわからないが、みっちゃんはつかまり立ちができるようになったころからずっと、壁の向こうに物を投げ込むのが好きである。公園の金網、ソファの背もたれと壁のすき間、キッチンとリビングを分かつ侵入防止柵。彼の目線では壁のように見えるであろう障害物の向こう側におもちゃやら小石やら葉っぱやらを投げ込んでは楽しそうに笑う。観察しながらなぜそうするのかと考えたが特に理由は思いつかず、いまは「壁の向こうに物を投げる」という行為にはプリミティブな喜びがあるのだろうな、と思っている。届かない向こうへ少しだけ手を伸ばす。自分は届かなくとも、向こうへ届けられる何かがある。それは万人にとっての喜びなのかもしれない。

テレビの故障は、たぶん投げ込まれたミニカーとぶつかって、アンテナケーブルが折れていたせいだった。危ないからミニカーはポイポイしたらあかんぞ、と強めに言うと、みっちゃんはうんちー、と言ってゲラゲラと笑った。

 

3/2月曜

朝、いつものようにみっちゃんを保育園まで送る。きょうのお供にはごみ収集車のミニカーが選ばれた。エレベーターで一緒になったおばさまに「あらかわいい、おはよう、おいくつ?」と声をかけられるも、みっちゃんはいつものように華麗な無視を決め込む。彼はしっかりと人見知りをするタイプで、初対面の人には非常に弱い。自分も同じタイプの子どもだったしなんなら今でもそうなので、人見知りをする我が子を見ると、強い仲間意識が発生する。わかるぞー。親の友達に会わされるのとか、クラス替え初日とか、盆暮れに知らない親戚が集まる場とか、しんどかったなあ。お前もしんどく思うのかなあ。どうしても避けられない場面は多いから、しんどさを我慢せずに伝えてもらえるような関係を作っていかなくては…とエレベーターの中で決意を新たにする。ところで子どもと自分に似たところを発見するとやたらと嬉しい気持ちになるのだが、あれはやはり本能なのだろうか。

 

3/6金曜

年度末に向けて仕事がどんどん忙しくなる。去年の夏に部署を移動し、同時に管理職になった結果、部署のなかでいちばん仕事に詳しくないのに部門長をやっている。一歩間違えば針のむしろな立場だが、幸い部署にはいい人しかいないので、支えてもらいながらなんとか立場をこなしている。管理職なので面談なんかをやらねばならず、この先のどういうキャリアを描きたいか?とか、望む成長のためにどんな支援が必要か?とか、そういうことを話し合ったりもする。いろんな人がいる。働くということが好きな人、嫌いな人。成長したいと思う人、思わない人。変化を望む人、望まない人。自分は働くのが嫌いで、別に成長したいとも思わないし、変化も望まない。たぶん宝くじが当たったら働かないと思う。難しい問題を解決するアイデアを見つけたり、会議でうまいこと人を説得できたり、上司や同僚と遅くまで働きながら軽口を叩いて笑い合ったり、そういう「労働の喜び」みたいなものはしっかり感じる。感じるけれど、だから働きたいとはまったく思わない。働くよりも、寝ていたいし遊びたい。挑戦するよりも安穏としていたいし、将来に向けてがんばるより今ここで楽しくしていたい。本心からそう思っているにも関わらず、連日深夜まで働いて、なんなら土日にも働いている。キャリアのこともどうでもよく成長意欲も何もない人間が、それっぽい顔をして、部下の成長意欲の後押しなんかをやっている。流れに任せてふわふわとたゆたっていたら、いつのまにかこんなことになっている。ままならぬ、ままならぬと思いながら、きょうも追い立てられるように働いている。人生をやってるなあ、と思う。

 

3/10火曜

みっちゃん発熱で早退。保育園はインフルエンザB型が大流行。こういうお迎えはだいたい妻が行ってくれる。本当にありがたいと思う。いまの会社はこういうのには寛容なので、みんなきょうは早く帰りな、と言ってくれるのだけど、かといって仕事を変わってもらえるわけではない。優しさや意欲の問題ではなく、自分の仕事を代われる人がいない、という仕組みの問題。自分は管理職なので交代できるような体制作りも自分の仕事なので、矢印は全て自分に向いてくる。なるべく早く、とはいえそう早くもない時間に帰宅すると、みっちゃんは平熱で元気ではしゃいでおり、妻はぐったりと疲弊していた。いつもごめん。ありがとう。

 

3/15日曜

子どもができるまではろくに貯金もしていたかったのだけど、子どもができてからは急に未来をみすえなければならなくなったので、住宅ローンを組んだり、積立NISAに精を出したりしている。積立NISAは流行りのオルカンをやっているが、全世界投資の名の通り、世界情勢に反応して日々金額が上がったり下がったりする。アメリカとイスラエルがイランをいきなり空爆し、イランがホルムズ海峡を封鎖してからというもの、紛争の勢いが増しそうか弱まりそうかによって資産が増えたり減ったりしている。資産といってもいまのところはただの画面の数字なので、しめしめもしょんぼりもなく、あの出来事でこのくらい動くのか、と無感動にスマホの画面を眺めている。本当は我が家とみっちゃんの未来につながる大事な大事な数字なのだけれど、なにも大事ではないような気持ちで、1日1回更新される数字を、毎日毎日欠かすことなく確認している。

 

3/25 水曜

終電近くの地下鉄駅で歩きスマホをしていたら細い鉄柱に激突し、周囲に轟音を響かせた。目から火が出て、眉間がぼっこりと腫れ上がった。図書室で借りたギリシャ神話を読みながら帰宅して電柱にぶつかったり田んぼに落ちたりしていた小学校3年生のころから30年以上たったが、何も変わっていなかった。紙が電子になり、あぜ道がメトロの駅に変わっただけだ。こういうのは遺伝するのだろうか。みっちゃんもいつか何かを読みながらどこかの柱にぶつかったり落っこちたりするのだろうか。親としてはぶつからないことを祈るべきなのかもしれないが、それはそれで何だかさみしいようにも思うし、どうせあいつはぶつかるだろうな、とも思う。願わくば、彼がぶつかる柱がなるべく柔らかく、あたたかく、優しい柱でありますように。そんなことを思いながら、満員電車に揺られて家路を急ぐ。

 

 

中間報告(わからないままに愛するということ)

子どもが産まれて、1年と少しが過ぎた。ミルクを飲んで泣いて眠ることしかできなかった赤子は、寝返り、這い、立ち、歩き、ついには小走りに駆け回ったり机に登ったりできるまでに成長した。彼は歩きながら盛んに何かを語り、指さし、わたしの顔を見て口をとがらせたり、満面の笑みを浮かべたりする。そして時おり強く何かを主張したりする。しかし彼の話す言葉はいかんせん宇宙語なので、伝えたいことがなんなのか、わたしにほとんどわからない。わたしはわからないままに微笑みを浮かべている。ただそこにあなたがいることが、わたしに何かを訴えかけていることが、その事実がたまらなくうれしい。そういう気持ちを隠すことなく、微笑みを浮かべながら、相槌をうったり、ほっぺたをさわったり、おなかをくすぐったりする。

 

子どもは、圧倒的に他者だった。なにしろコミュニケーションができない。何を考えているかもわからないし、細かく気持ちを推し量ったり、共感したりすることも難しい。笑ってるなとか、不満そうだなとか、わかるのはそういう大まかな方向性くらいだ。生まれる前に一番不安に思っていたのは「生まれた子どもと仲良くなれるだろうか、趣味も性格もまるで合わないタイプだったらどうしよう」だったのだけど、生まれてみたら、合うとか合わないとかそんなことは問題じゃなかった。だって、合いも合わないもわからないのだから。ものすごい大ざっぱな範囲でしか、コミュニケーションがとれないのだから。

 

趣味も性格も何もわからない。気が合うかどうかもわからない。コミュニケーションがとれない。会話にならない。当たり前だけれど、子どもというのはそういう存在だった。

 

そうであるのに、子どものことが好きで好きでたまらない。こんなことは人生で初めてかもしれない。いままで仲良くなった人や好きになった人はみんな、コミュニケーションの、対話の結果としてそうなったのだった。人間関係とはそういうものだと思っていた。でもそうじゃない関係もあるのだな。無条件に好きだってことがあるのだな。ほんとうに理由なく愛してしまう、完全な他者を愛してしまう、そういう関係性がほんとうに有り得るのだな。それって、なんだかとんでもないことだな。

 

これから子どもが育っていって、コミュニケーションがとれる存在になったとき、この関係性は、わたしの感じている愛は、どうなっていくのだろう。コミュニケーションの結果として好悪が生じたとき、理由のない愛のうえに理由のある好悪が重なりあったとき、わたしの中にはどういう感情が生じるのだろう。生意気でうそつきでずるくて怠け者で、例えばそんなふうな少年に育ったとして、そのことを苦々しく腹立たしく思いながらも美味しいものを食べさせたいと願ったり、一緒に海を見たいと思ったり、そんなふうなことが起こるのだろうか。

 

なんだろう、どうなるかは何もわからないけれど、おれはきっと、そのときの感情を、そのときの状況を、ぜんぶひっくるめてその日々を、たまらなく美しいと感じるのだろうと思う。そのことだけは確信している。

 

 

美しさ(名づけについて)

名付けというのは、簡単なようで難しく、難しいようで簡単である。なにしろどんな名前だって呼んでればそのうちしっくりきてしまう。慣れから逃れることは誰にもできない。高輪ゲートウェイ駅にもそのうち違和感を覚えなくなる。そんなお手軽なものであるのに、名前は実態に影響を及ぼす。スピリチュアルに言えば言霊、マーケティングで言えばキャッチコピー。高輪ゲートウェイ駅は高輪のゲートウェイだとみんなが思うだろう。たぶん高輪ゲートウェイ駅もそう思っている。白金高輪のほうがよほど高輪なのだとしても、そういう認識からは誰も逃れられない。

 

子どもの名前どうしようか、という話は、ほぼ毎日していた。こういう名前にはしたくないよねえ、こんな名前はやだねえ、そういう話ばかりが盛りあがって、肝心のつけたい名前はいっこうに思い浮かばなかった。

姓名判断は早々に無視することに決めた。一度だけ、自分の名前で試したことがあるのだけれど、「名字が最悪」みたいな判定が出て、もう頼らないことにした。知りたいのは下の名前についてであって、いまさら変えられない部分ではないのだ。おととい来やがれ。

 

嫌な名前の話をするうち、我々は期待したくないのだ、ということがわかった。名前に期待をこめたり、幸せや健康を願ったり、そういうことはしたくなかった。もちろん幸せになってほしいし、健やかで優しくあってほしいけれど、そういう名前をつけるということは、不幸だったり病弱だったりジャックナイフみたいな尖った性格だったりする我が子を否定してしまうように思えて、なんだかいやだった。

 

我々は、あなたという存在の素晴らしさを表したかった。どうしたって人生は幸せばかりではいられないけど、幸せでないときのあなただって素晴らしいのだよ、と伝えたかった。どうしたらそれが叶うかと考えて、世界の美しさのことを思った。どんなにひどいことがあっても、つらいことがあっても、そんなことにはお構いなく常に存在し続ける、美しい風景のことを思った。この先どんなことがあっても、生きていくのが辛くなるようなことがあっても、それでも世界は美しいのだと、生きるに値するくらい美しいのだと、あなたもその世界の一部であり、あなたもまた美しいのだと、そんなふうに感じてもらえたらいいなと思った。そんなふうなことを夫婦で話し合い、ふたりが美しいと思った、心が震えた景色から名前を貰った。

 

そういうわけで子どもには、美しいものの名前をつけたのだけど、驚いたことに、子どもはそれ以上に美しかった。浅い呼吸から捻り出す声、必死にばたつかせる小さな手足、その手足についたさらに小さな爪のひとつに至るまで、その全てが美しかった。これから、この子のいる風景のひとつひとつが、ほんとうに美しいもの、特別なものとして脳裏に刻まれていくことになるだろう。

 

美しいものから貰った名前が、美しいものの名前になった。腕の中で眠る子の柔らかさとあたたかさを感じながら、そんなことを思った。

日記

初めての店で散髪をした。カット二千円の安床で、眉毛カットもつけて二千五百円。長さは二ヶ月分くらい切って、ついでに厚くなってるとこを梳いてもらって、と頼み、椅子に座ってエプロンをかけ、眼鏡を外して、そのまま雑誌に目を落とす。おとなの週末の谷中特集。行く気もない飲食店に少し詳しくなり、眠気を感じて目をつむる。寝ているつもりはないのだが、客観的な視点ではたぶん少しうたた寝なんかもしている。「眠いし目をつむってはいるが寝ていない」と「うたた寝をしている」を主観的に区別するのはあまりにも困難である。シャンプー台でシャンプーをして、席に戻ってブローしてもらい、こんな感じでどうですか、と後頭部に鏡をあてがわれ、どれどれとばかり眼鏡をかけると、髪がペタンコになっていた。どうやら指示通り徹底的に梳いてくれたようで、梳かれたというか透かれたというか、伸びて伸びて厚く重たかった髪が、サッパリを通り越してペタンコになってしまった。そしてカットした眉毛はやたらとキリリとしている。眉尻がほぼ直角になっており、一度決めたら梃子でも動かないといった意志の強さを感じさせる仕上がりである。正直イメージとはちょっと違ったけれど、切ってしまったものをもとに戻すことは誰にもできないし、髪型なんて自分が気になるほどには他人は気にしないものだし、もしかしたら他人から見たらこのくらいのほうが似合っているのかもしれないし‥‥みたいなことを一瞬で考え、でもそんなことはおくびにも出さずにアルカイックスマイルを浮かべたまま、美容師さんに「あ、大丈夫です」とだけ伝えた。会計をしながら、担当してくれた美容師さんと、ご来店は初めてですか、お住まいはこのあたりなんですか、みたいな雑談をしていると、美容師さんはなんの脈絡もなく、「お客さんはきっと赤い眼鏡のほうが似合いますよ」と言い出した。「いまの青い眼鏡もいいですけど、赤いのもすごく似合うと思います。というか、赤いほうが似合うと思います。」と言われたが、何と言っていいかわからなかったので、「あ、そうですか、初めて言われました。ありがとうございます。」とだけ答えた。レシートを受け取り店を出て、家に向かってホテホテと歩きだし、赤の眼鏡をかけた自分を想像してみたが、山里亮太しか思い浮かばなかったので、俺は考えるのをやめた。ペタンコの頭にキリリとした眉を持つ赤くないメガネの男性は、何も考えることなく、住宅街を闊歩していた。

日記

リビングでひとり夜更かしをしたあと、電気の消えた寝室に入ると、妻が不規則な寝息をたてていた。

寝息の乱れは妻が悪夢を見ているときのパターンなので、やさしくゆり起こして、どうしたの、いやな夢でも見たの、と聞いたら、はんぶん寝ている声で、「悪夢ではないけど夢は見てた、ベッドに寝転がって、夫婦で『いままでに見たなかでいちばん写真映りの良い芸人って誰?』と話してる夢だった」と言われた。

なんて夢のない、なんて普段着の夢…!と謎の感動を覚えつつ、さっそく夢を現実にしてしまおうと「写真映りのいい芸人、たとえば誰だろね?」と話しかけたが、妻からの返事はなかった。背中ごしに、すうすうと安らかな寝息だけが聞こえてきた。

日記

軽い気持ちで、浅い中身で、さらさらとメモを取るように日記を書いてみようと思う。書くときの自分を隙だらけにして、なるべく指にまかせて、推敲なんてやらないで。そうやってどうでもいいことばかりを連ねていって、閉め忘れたドアの隙間から何かがひゅるっと入りこんでくるのを待とうと思う。猫とか蛸とか高慢とか偏見とかゾンビとか。とかとかとかとかトカトントン。とんかつを食べたいという気持ちのうち豚肉に向けられた欲望はせいぜい3割がいいところではなかろうか。欲望の7割は衣の食感とソースの味に向けられている。その証拠に、とんかつ食べたい食べたいといっている人間に揚げたてのコロッケにソースダボダボかけたやつを食べさせれば食後にはもうとんかつ食べたいなんて思わなくなる。たぶん。いまうちではブルドッグの「お好み焼き・とんかつ どちらもおいしいJソース」というソースを使っているのだけど、そもそも「お好み焼きソースはとんかつに合わないし、とんかつソースはお好み焼きに合わないし…」みたいな悩みを持ったことがないので、ふ〜ん…としか思えない。一切当たっていない悩みの解決策が書いてあるおみくじを引いてしまったみたいな感じ。ただ、味は良いので気にいっている。なくなったらまた同じのを買おうかな、というくらい。なんでこんなにソースのことを書いているのかというと、いま目の前にあるテーブルにしまい忘れのソースが置かれていることに気がついてしまったからである。こんなん書いてるあいだにさっさとしまえばいいのだけど、しまいたくないからかわりにどうでもいいことを書いている。あと、愛とか本質とか真実とか、そういうもののズバリを描くのはとてもとても困難なことだけれど、愛でも本質でも真実でもないものをどんどん書き出していけば輪郭くらいは見えるようになるかもしれないな、とも思っている。透明人間の気配を察知して、顔面とおぼしきあたりにソースぶっかけて、へえ、こんな顔してたんだ、思ったより童顔なんだね、とか言っちゃう感じ。急にソースかけちゃってごめんね、どんな顔してるか知りたくてさ、テーブルにあるのでちょうどいいのがソースしかなくて、でも良かったよ、これで目を見て話せるし。いままで見えてなかったから、表情とかもわかんなかったし、あれでしょ、見えてないと思って絶対変顔とかしてたでしょ?やっぱそうでしょ、なんか笑いこらえてる感じするなーと思ってたよ。まあとりあえずさあ、これから仲良くやってこうよ。あーソースのにおい嗅いでたらなんかとんかつ食べたくなってきちゃったなー。どうしよう、コロッケならすぐ用意できるんだけど、とりあえずコロッケ食べてから考える?

日記

東京に帰る新幹線はUターンラッシュで混雑しており、きっちり満席になっていた。我々の席は車両の端から3列目、座席に座るとデッキのほうから「キャアアアアア!キャアアアアア!」と甲高い悲鳴のような鳴き声が聴こえてくる。怯えた犬でもいるのかしらと目線をやるとどうやら犬ではなく赤ん坊が泣いているようで、それも悲鳴を上げているのではなくふつうにむずがって泣いている様子。シンプルにとてもとても声が高い赤ちゃんが泣いているらしい。声変わりしてやっとクロちゃんくらいの声の高さになりそうな赤ちゃん。ウィーン赤ちゃん合唱団。

しばらく赤ちゃんのかわいいソプラノヴォイスを堪能していると、後ろからも「キャアアアアア!」が聴こえてきた。赤ちゃんとは音叉のように共鳴するものだったのか?と振り返ってみると、こちらは赤ちゃんではなく小型犬のようで、斜め後ろの席の男性の膝の上の黒い籠の中から聴こえてくるのだった。ちいさくてかわいいものたちは発声の波形も似てくるらしい。そこからしばらく妻とふたりで「この声は犬か赤子か」を当てっこし、ほんわかと眠くなってきたところで妻は耳栓を、僕はイヤホンを装着した。新幹線はちょうど仙台を過ぎたところで、東京まではあと一時間くらいかかるようだった。