bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

総括(2018年の夏について)

夏の話をする。この夏はひどく鬱屈としていた。全身が鉛の気流に取り巻かれているみたいだった。遊びもしたし、楽しいこともそれなりにあったけれど、それは重たさを緩和する助けにはならなかった。とにかく何もしたくなかった。ここではないどこかへ行ってしまいたかったし、寝室から一歩も外へ出たくなかった。クーラーを強めにきかせた部屋で、ただ毛布にくるまって、不快な刺激をすべて遮断して、なにも思わず、なにも感じず、浮いているのか沈んでいるのかもわからないような状態でゆらゆらと漂っていたかった。けれど実際には、漂うことも引きこもることも何処かへ行くことも叶わなかった。日々諦めとともに朝を迎え、革靴を履いて仕事へ向かい、深夜に汗だくになって帰宅する。ただひたすらにそのルーティンを繰り返していた。同じような毎日をくるくると周回しながら、螺旋階段を降りるように、次第に沈んでいくのを感じていた。

 

振りはらおうとしていたのかどうか、気がつくと買い物ばかりしていた。冷蔵庫、靴、靴箱、洋服、本棚、眼鏡、イヤホン、それからたくさんの本とさらにたくさんの漫画。特に昔の漫画を大人買いすることが多かった。ムヒョとロージーの魔法律相談事務所めだかボックススラムダンクジョジョ。それらを買うだけ買って読むこともなく、ただメルカリの購入履歴を更新し続けていた。本棚からはあっという間に本があふれ、ベッドは古いジャンプコミックスの塔に取り囲まれた。

僕はそのベッドの上で、新調したイヤホンを耳に刺して丸くなっていた。聴きたい何かを見つけることもできず、ただ自動再生にしたYoutubeを垂れ流していた。始まりは台風クラブのライブ音源かどこかの国の人が勝手にミックスした山下達郎か、そのあたりの何かだったと思う。それからどこをどう巡ったのか、連続再生はいつのまにかくりぃむしちゅーのオールナイトニッポンにたどり着いていた。耳元で鳴る音楽が急におっさんのトークに切り替わる。なんだろう、と音声に注意を向ける。そしたらこれがまあ、メッタメタ(谷岡ヤスジ)に面白かった。あまりにもどうでもいい会話に膨大な熱量が注がれている。展開と混ぜっ返しがどこまでもスイングする。リスナーがタレントをいじり、タレントがリスナーを煽る。笑っているとあっという間に番組は終わり、連続再生はその次の回を再生する。それが終わるとそのまた次の回を再生する。調べてみると通常放送と復活スペシャル全163回のすべてがアップロードされている。そのことに気づいてから、生活の空き時間にはひたすらそればかり聴いていた。聴いていると重さから自由になれるような気がした。

 

ラジオのおかげか、それとも暑さが峠を超えたからか、8月が終わるころにはかなり大丈夫になっていた。ジャンプタワーも順調に消化し、球磨川禊のカッコつけない「勝ちたい」に涙したり、山王戦の無音のラストに何度目かもわからない涙を流したりしていた。ある週末、昼ごろに目を覚まし、しばしだらだらとまどろんでいると、隣のベッドの彼女も目を覚まし、おなかがすいたね、何か食べにいく?と声をかけてきた。特に食べたいものはなかったし、何より起き上がるのが面倒だった。今日は出かける気がしないなあ、でもお腹はすいたね、ピザでもとろうか?と言って、ふたりでメニューを吟味し、ドミノ・クワトロのパイナップルがのっているピザを注文した。お酒も飲んでしまおか、もうきょうは最高にダラダラしようぜ、きょうの俺たちはワルなんだぜ、といって、冷蔵庫から缶チューハイを持ってきて開けた。ワルなので届いたピザもベッドの上で開封した。ベッドの上にピザがひとつ載せられているというだけで、いつもの寝室がまるで新鮮なものに映った。クーラーの効いた寝室で、冷えたチューハイを飲み、寝転がったままピザを食べ、食べながらジョジョを読んだ。眠くなったら眠り、目を覚ましては続きを読んだ。彼女は同じように寝転がりながら読みさしの小説を読んでいた。楽しいねえ、と声をかけると、楽しいねえ、と返ってきた。事実、ダラダラするのは楽しかった。我々の寝室には時計もなく、窓には厚い遮光カーテンがかかっていた。その日はスマホを手にとることも、パソコンを開くこともなかった。時間の感覚もわからず、誰かと連絡を取ることもなかった。だから、あの日の寝室は、完全に隔絶されていた。あの日の寝室は、どこでもなかった。見知ったここでもないし、知らないどこかでもなかった。すべての関係や文脈から切り離された場所だった。まったく社会的ではない場所だった。ここではないどこかへ行きたい、でもどこにも行きたくない。夏のあいだずっと願っていたことがこんなふうに叶えられるなんて、これっぽっちも思ってなかった。

 

こうして今年の夏は終わった。2018年の夏は、ベッドの上のピザを象徴として記憶されることになる。ピザも驚いていると思うけれど、僕だって驚いている。だからまあ、お互い様ということで許してもらえればと思う。そこそこ長くやっているので、たまにはこういう夏もあるのだ。

夏の子供

すごくだらだらしている。だって夏なので。極度に面倒くさがりで、部屋なんかもうわやくちゃで、洗ったままたたんでない洋服とタオルに囲まれその真ん中で丸まっている。ぐるりと丸い洗濯物はまるで鳥の巣か魔法陣。鳥の巣ならば俺は雛だし、魔法陣なら召喚獣だ。雛を召喚した魔法使いの心境やいかに。魔力と電気は効率的にご利用ください。なんていいつつエアコンをガンガンにかけている。だって暑いもん。としまえんのプールのように部屋をキンキンに冷やし、寒いから毛布をかぶって丸まっている。丸まったままスマホをポチポチしている。海の近くの、景色のいい宿を探したりしている。海に行きたい。静かな宿で、部屋から海を眺めたい。どこにも出かけず、海を眺めて2日くらいぼんやりしたい。海はいい。大きくて静かなのがいい。水面が揺らめいたり音がしたりするのもいい。強い風がふいて沖に白波が立ったりするのもいい。海はいい。

 

それはそれとして海に行った。海辺に住む友達夫婦のところに、子どもが生まれたお祝いに。赤ちゃんは両親どちらにもよく似ていた。正しくハイブリッドだった。まだ首の座らない赤ちゃんを抱かせてもらい、その体温とサイズ感と独特のにおいをしっかりと刻みこんだ。いつか、初めてあったときはまだこんなに小さかったのにね、という話をするとき、きちんと実感を伴って話せるように。ソファに寝そべり、おなかの上に赤ちゃんをのっけてダラダラとくだらない話をしていると、それはもういつまでもどこまでも平和だった。赤ちゃんは平和の象徴だ。鳩なんかよりも、ずっと。

 

夕暮れのころ、みんなで海辺へ行き、シーグラスをひろったり、赤ちゃんと海のはじめての接触を見守ったりした。友達は波打ち際で赤ちゃんを抱きかかえ、その小さなつま先をそうっと波にひたした。赤ちゃんは泣くでも笑うでもなく、神妙ともいえるような顔つきをしていた。なんだか洗礼式みたいだな、と思った。

 


f:id:bronson69:20180725212013j:image

 

 日が暮れるまで海で過ごして、それから歩いて駅まで向かった。ちょうど夏祭りの日で、そこかしこに出店が並び、いたるところに中学生くらいの子どもたちがいた。浴衣の女子とTシャツの男子のグループが嬉しそうに恥かしそうにしていたり、マンションとマンションのあいだのよくわからないスペースにDSを持った男子のグループが潜りこんでいたりした。微温い夜風に潮の匂いが混じり街全体が浮かれた空気に包まれて、正しく祭りの夜だった。こういう街で生まれ育つというのはとてもよいものだろうな、と思ったけれど、そういえば彼ら一家は近いうちに引っ越そうとしているのだった。でもどこで育つかなんて実はそんな本質的なことではないのだ。大切なのは、それが他のなににも代えられない経験であるってことだ。そもそも育つなんてのは誰しも一回こっきりの経験で、だから幼いころの思い出はあんなにも鮮烈で特別で、それがどんなに陳腐な場所であったとしても、故郷は特別な存在であり続ける。要するに何が言いたいのかというと、生まれてきて育つ、それだけで特別で最高でかけがえのないことで、だからあとはもう、幸多かれと祈るしかない。どんな人生も特別だけど、せっかくだから、どうせなら、幸多からんことを祈る。健やかであることを祈る。祈る。祈る。祈り続ける。

 

気晴らしに適当なことを

どうも最近よろしくない。悲しいことがあるわけでもなく、楽しいことがないわけでもなく、割と平穏無事にすごしているのだけれど、どうもあんまりよろしくない。いつも疲れていて、くさくさして、だらしなくて、虚ろで。人知れず下水に浮かぶ腐った水死体のような気持ちでいる。水死体に気持ちと呼べるものはあるのだろうか?なったことがないので正確にはわからないけれど、たぶんあるんじゃないかと思う。そもそも人知れず浮かぶ水死体なんて存在するのかもわからない。だって人知れないんだから。シュレディンガーの水死体だ。観測するまではそれが猫か水死体かは確定しない。猫と水死体は重なりあった状態で存在する。つまり猫ゾンビ。筋肉少女帯の歌詞やら大槻ケンヂの小説やらに出てきそう。小説といえばクトゥルフ神話にも猫ゾンビ的なの出てきたな。バステトだったっけ、エジプトの神様みたいなやつ。でもバステトより猫ゾンビって響きのほうが僕は好きだ。だから僕は君を猫ゾンビって呼ぶことにするよ。たぶん呼んでるうちに猫ゾンビからビが取れて猫ゾンになる。語感的には板橋ザンギエフのパチモンみたいになる。そういえば新宿の花園神社の近くにねこ膳って24時間営業の定食屋って名目の飲み屋があって、行ったことは一度もないんだけど、いま一緒に住んでる彼女と初めて会ったとき、明け方にゴールデン街のとこで待ち合わせて電話したらいまねこ膳にいますって言われてじゃあそっち行きますねいえいえ私がそっちに向かうんで、ってなってお互いがお互いのほうに歩いていって花園神社の境内で出くわして始めましてをやったのでした。だからはじまりが水死体の気持ちであってもわしゃわしゃわしゃーっと書き連ねていけば彼女と初めて会ったときの記憶に行きついてほんわ〜っとした心持ちにもなれるわけで、あれもしかして人知れず腐ってる水死体の気持ちってこれ?こんなあったかい気持ちで腐ってんの?こんなあったかい気持ちだから腐っちゃうんじゃないの?それとも腐ってっからあったかいの?なに?発酵?なんてやめてくださいそんな急に問い詰めないでくださいわかんないですほんとわかんないんですだってわたしただのバイトなんですまだ初めて2週間なんですはいそうなんです新米なんですだからそういうのは社員さんに聞いてもらえますか…社員さんもどっかで死んでますんで…あなたもそのうち死にますよ…ここから出られず死にますよ…死んだら最初は試用期間ですから…時給650円ですから…深夜ですか…?さあ…ここじゃ時間もわからないので…何しろ深い深い下水の底の底ですから…仄暗い水の底ですから…水の底には竜宮城がありますから…仙波山には狸がおりますから…それを猟師が鉄砲で撃ちますから…煮ますから…焼きますから…食いますから…あソーレヨイヨイヨイヨイオットットットッ!ヨイヨイヨイヨイオットットットッ!あチュチュンがチュン!あチュチュンがチュン!でーんせーんに!すっずめがっ!3羽とまってたっ!

 

 

適当なことを書きつらねたら少しだけすっきりした。

 

このあいだ、少し早く帰れた日、名前のわからん大ぶりの木の枝を3本買って、円筒形のガラスの花びんに入れて部屋に飾った。ぴかぴかした緑の葉が部屋の隅でわさわさとしてそこだけやたらと生き生きしていた。素直に綺麗だと思った。あやかりたい、と思ったし、一生あんなふうにはなれないままで構わない、とも思った。どちらもほんとうの気持ちだった。

 

枝はまだ部屋の隅でぴかぴかと輝いている。

 

 

4月と5月のモロモロ

今年に入ってからというもの、風邪ばかり引いている。年始に発熱。3月にインフル。治りかけて気管支炎。繁忙期を半死半生で過ごし回復したのは4月の終わり。5月の連休はがっつり遊んで、休み明けにまたしても風邪、咳と悪寒にゲホゲホガタガタ苦しみながら仕事をこなし、治ったかと思いきや今度は副鼻腔炎で発熱、全部の体調不良がどっかいったのは今週に入ってからのこと。はー長かった、と思ったら今度は彼女がきっつい風邪をひいた。たぶん僕から感染ったのだろう。でも僕のひいていた風邪だってもとをたどれば彼女から感染ったものだ。我々は風邪をキャッチボールしている。差しつ差されつ風邪をやっている。

 

風邪を引きつつ仕事をしつつ、何だかんだで色々と楽しんでもいる。覚えてるだけダラダラと書き出してみる。

 

ままごと「ツアー」@KAAT。

いきなり最高だった。深いレベルの共感があった。そうなんだよね、幸福も不幸もなく、ただ出来事だけがあり、我々はそれをただ受け入れ、味わうしかない。「ご賞味!ぜんぶ、ぜんぶ、ご賞味!」とカタコトでいう端田新菜さんが本当に本当に素晴らしかった。フィルターなしでむき出しで世界に向き合っているようなあの雰囲気はどうやったら出せるのだろう。それでいて繊細さも感じる。めっちゃ繊細な関西のおばちゃんみたいな、アメちゃん配りつつ誌のひとつも諳んじてみせるような、そんな感じ。ままごとは去年から見る公演すべて大当たり。自分にとっていま一番しっくりくる劇団だ。

 

小沢健二「春の空気に虹をかけ」@国際フォーラム、@武道館×2

たーのーしーかったー!!!!ボーカリストとしての小沢健二は今が全盛期なのではなかろうか。若いころより声が出てる。国際フォーラムと武道館初日は砂かぶり席中央一桁番台、武道館二日目は二階席。間近でみる小沢健二はなんかお肌もツヤツヤとして、あれ?若返った?なんかやたらとウキウキしてるし、恋でもしてんの?という感じ。満島さんはとにかくキュートでした。「ぼくらが旅に出る理由」のPVコピーとか、「流星ビバップ」のときのジャケットのポッケに手を入れたままのステップとか、泣きそうになるくらい素敵だった。36人編成ファンク交響楽団によるヒット・ソング・メドレーは多幸感でブチ上がりすぎて毎度2時間があっというま。でもほんとにグッときたのは、「東京恋愛専科」に合わせて通路で踊る3歳くらいの女の子の笑顔だったり、ずっと座っていたのにアンコールの「ドアをノックするのは誰だ?」でついに立ち上がってドアノック・ダンスを踊る中年男性二人組みの姿だったり、魔法的電子回路でぐるり一面キラキラに光ってる武道館の客席だったりする。

ただ、去年のツアーでやった大傑作新曲群を聴けなかったのが心残り。「飛行する君と僕のために」は、「超越者たち」は、「その時、愛」は、次はいつ聴けるのでしょう。気長に待つからいいけどさ。待つのは馴れてるからさ。

 

ナカゴー「まだ気づいてないだけ」@町屋ムーブ

予告されたことが起こる、ってなんでこんなに面白いんだろう。「これからこうなりますよ」と展開をすべて説明され、その通りに話は進み、いざその場面を迎えると吐くほど笑ってしまう。裏切りは一切ない。水戸黄門の印籠とか志村の変なおじさんとか、「わかってる展開が起きることの嬉しさ」ってのは本能に近い部分にある快感なのだと思う。あと、あまりにも無茶苦茶に転がっていくお話に対する補助線としての役割も大きいのだろな。予告なしで見てたらポカーンとしてしまうような展開ばかりだもの。

 

「権太楼噺 爆笑十夜」@鈴本演芸場

毎年恒例、初夏の権太楼噺。文蔵師匠や菊之丞師匠もよかったけれど、お目当ての権太楼師匠がとにかく素晴らしかった。ぼくは権太楼師匠のやる旦那とおかみさんの威勢のいいくだらないやり取りが本当に本当に好きで、あれ聴いてゲラゲラ笑ってると時間の感覚を失ってしまうときがある。過去や未来がなくなって、「いま」だけになって、そのうちに「いま」すら消えて、笑ってるうちこのまま末期を迎えるのではないか、笑いすぎて泡のようにはじけて消えてしまうんじゃないか、そんなふうに思ったりする。この日の「火焔太鼓」はダミ声婆あとしょぼくれ爺いの罵り合い(イチャつきとも言う)を思う存分楽しめる最高の演目であった。これからも本寸法に寄りすぎることなく、婆あの了見を究め尽くしていただきたいものです。夏の特別興行も行くぞ。

 

立川志の輔仮名手本忠臣蔵」「中村仲蔵」@赤坂ACTシアター

流石の名演だったけれど、妙に笑いたがるお客さんに左右を挟まれてしまい、彼らがしんみりさせる場面で声だして笑うのでいらついて仕方なかった。あといちいち声だして相づち打つのも辛かった。こういうときの対処法の正解がいまだにわからない。静かにしてもらえますか、なんて声かけるのもしんどいし。いっそ蟹でもサービスしたらよいのだろうか。こちらよろしければ、つって毛蟹の茹でたのでも渡しとけば身をほじるのに集中して静かになったりするだろうか。でもほじらずに殻ごとしゃぶるタイプだったらとなりでチュバチュバいう水音を聴き続ける羽目になるわけで、もうほんとどうしたらよいのだろう。誰か正解を教えてください。

 

FUKAIPRODUCE羽衣「春母夏母秋母冬母」@吉祥寺シアター

我々はみなメシを食いセックスをして糞をして寝る。その繰り返しにはときおり深い愛や強い憎しみが混ざる。そして万人に平等に時は流れ、老いさらばえて(あるいはそれすらも適わず)死んでいく。そのすべてを包摂し、そのすべてと関わりなく、宇宙が、世界がある。すべてのものは、ただ存在する。それが堪らなく愛おしい。

セックスを題材にしようが、死を題材にしようが、母を題材にしようが、羽衣のやっていることは基本的に変わらない。みっともなさと美しさを等価に見つめ、愛する。ジョージ秋山と同じことをミュージカルでやってる。ちなみに、ジョージ秋山と同じ、というのはぼくにとって滅茶苦茶な褒め言葉である。

 

きょうは彼女が家におらず、久々に一日を無言で過ごしている。そのせいか、やたらと長い文章を書いてしまった。普段はこのくらいの分量×二人分を会話の中で発散しているわけで、もし誰かがぼくらの食事の中にコエカタマリンを混ぜたりしたら、さほど広くもないこの部屋はあっという間に満杯になってしまうことだろう。固まった発話は袋に入れて、口を固く縛って燃えるゴミの日に捨てる。うるさいと迷惑になるので夜のうちに捨てるのは禁止されている。お気に入りの発話だけは、捨てずにそのままとっておいたりもする。でも我々はずぼらなので、テプラで日付やシチュエーションを貼り付けておいたりはしないし、アルバムにファイルしたりもしない。ただ寝室の窓辺なんかに適当に置いとくだけで、そのうちに文脈を忘れてしまう。で、たまの掃除のときに持ち上げたりなんかして、ねえ、この「わに」って何でとっておいてんだっけ?なんてハタキ片手に尋ねるのだ。なんだっけね、思い出せんね、どうする?捨てる?まあいいんじゃん、別に邪魔にはなってないし。そんな感じでよくわからない発話はいつまでもそこにある。そんな感じで毎日をやっている。

 

若葉のころ

密集した木造住宅と細く曲がりくねった路地とで名高い我が区だけれど、いま住んでいるあたりの道はやたらとまっすぐ伸びている。引っ越しのときに不動産屋から聞いた話によると、明治のころのこのあたりの村長さんが先見の明があるひとだったそうで、いくつかに別れていた村落をまとめ上げて区画整理はするわ駅は作るわ特産品は作るわ八面六臂の大活躍で、このあたりの道がすーんとまっすぐなのはすべてその人のおかげらしい。我が家の大家さんはその子孫で、そのご自宅はとにかく広く、豪邸というわけではないのだがどことなく威厳のようなものがある。偉かったというその村長さんの偉さが家やら土地やらに染み付いているような気がする。しかし偉さというのは猫や幽霊のように家につくようなものなのだろうか。偉さが憑いた家の中では人はどのように暮らすのだろうか。影響されて尊大になるのか、圧倒されて卑屈になるのか、どちらなんだろう。いつか大家さんに会うことがあったらよーく観察してみようと思う。

 

連休の中日の朝、サンダルを突っかけて家を出る。近所の薬局まで、咳止めを買いに行く。空は晴れわたり、日差しにはほんの少し夏の気配が漂う。まっすぐな道の向こうには、大きな欅がツヤツヤと深緑色を光らせている。休日の朝らしく、駅に向かって色々な人が歩いている。歩くスピードは属性に由来しているように見える。お年寄りはお年寄りの速度で、若者は若者の速度で。ホテホテと歩く自分はその中間の速度帯に属し、若者には追い抜かれ、お年寄りは追い抜くことになる。家族連れは子どもの年齢による。ベビーカーを押す人はゆっくりだし、ひとりでに走り出す年ごろの子どもを持つ両親は駆け足で後を追う。ひときわのんびり歩いていたのは男の子を肩車した父親で、あれは何歳くらいなのだろう、男の子の小さな身体は父親の肩と後頭部にぴったりとはめ込まれている。カンガルーが袋で子育てをするようにニンゲンのオスは後頭部で子育てをするのです、なんて説明をしたら信じる人もいるかもしれないくらいにぴったりとはめ込まれている。肩車の親子を追い抜きながら、その高さに驚く。肩車されている男の子の目線は、身長に換算すればたぶん2メートルの人のそれと同じくらいなのではなかろうか。その高さからは街並みはどのように見えるのだろう。男の子は、いま見えている景色のことを、はたしていつまで覚えていられるのだろう。

 

昨日は友達と飲んでいた。一軒目でたっぷりと飲んだ後、駅前の西友に行き、千円の椅子を買って公園に行った。川沿いに椅子を並べて、街頭に照らされた桜の葉が薄ぼんやりと光るのを眺めながらバドワイザーを飲んだ。満島ひかりや映画の話をし、それから中学生のような下品な冗談で笑った。公園の周りは住宅街なので、迷惑にならぬよう声を潜めて大いに笑った。もう間もなく父親になる、ひと回りも年下の友人に、もう間際だね、なにか変わった?と尋ねると、わかんないすね、生まれてみないとわかんないすよ、と言う。何事もそんなもんなのかもしれんね、とふわふわした返事をし、バドワイザーを飲む。久々に飲むバドワイザーは全身をつらぬく不味さで、これ滅茶苦茶不味くない?と口に出すと、言い出しにくかったんすけど僕もそう思ってました、とくる。しかし他のビールを買いに行くのも面倒くさく、ブチブチと不平を言いながら、我々はそのままバドワイザーを飲み続けた。安い折りたたみの椅子に座り、静まりかえる木々と住宅街を眺め、夜風に吹かれて飲むビールは本当に最高だったけれど、味だけが最高に最低で、それがなんだかおかしくて、声を抑えてゲラゲラと笑った。こんだけ不味いビールが楽しいんだから何があってもまあどってこたないよな、と思ったけれど、なんとなく口には出さなかった。見上げると、満月より少し欠けた月が、欠けた分を補うような明るさで地上を照らしていた。

 

咳止めと頭痛薬を買って家に帰ると、ちょうど彼女も起きたところだった。お茶をいれ、フランボワーズクリームを挟んだソフトフランスがひとつだけあったので、半分に折って分け合って食べた。薬を飲んで仕事に向かう彼女を見送ったらなんとなく横になりたくなって、居間にそのまま寝転がった。このまま眠ってしまうかもしれないな、と思ったけれど、それならそれで別によかった。とにかくいまは連休なのだから、連休に身を委ねてしまえば、あとはもうそれでよいのだった。

 

引き続き咳

相変わらず仕事と咳の毎日である。日々薄皮を剥がすように少しずつ快方に向かっていた咳はある時点から薄皮を積み重ねる方向に転換し、咳に加えて喘息の発作と発熱を伴うようになった。それも微熱。堂々と病欠できるほどではない微熱。だらだらと続く37度2分。

二十歳の微熱はさまになる(なんなら映画にだってなる)、けれどおっさんの微熱はさまにならない。治療の対象になるだけである。しょうがないので繁忙極まる仕事を抜け出し病院へ。先日いただいた薬を飲んでます、でも咳も微熱も喘息もよくなりません、ダルくて寝れなくて苦しくて仕事休めなくてしんどいです。おかしいですねえ、先日処方したのはだいぶ強いお薬なのですよ。検査しましょう、レントゲン撮って採血もします。待合室でお待ちください。平日の昼下がり、駅前のビルの二階の個人病院。やたらと広い待合室には僕ひとり。大きな窓からは春の陽射しが燦々と。すぐ外には駅があり、ロータリーでは人々がせかせかとド平日をやっている。僕はただ長いすに座っている。静かで清潔であたたかい部屋。ぼうっとする頭。少しだけ高い体温。僕は呼ばれるのを待っている。何も思わず、ただ座り、呼ばれるのをただ待っている。まるですべてが静止しているみたいだった。検査の準備が整うまでの、短い間の、短い永遠。

検査結果は異常なし。安堵しつつ、どこか残念でもある。僕の中にはまだどこかに大病への憧れがある。もういい歳なのだけど、同級生と合うとなんだかんだ言って健康が一番だよね、みたいな会話をしちゃうような歳なのだけど、不謹慎なのは重々承知しているのだけれど、正直に言えば、まだどこかに大病への憧れがくすぶっている。入院とかしてみたい気持ちがちょっぴりある。今回もワンチャン結核とかあるかなーなんて思ってた。沖田総司ね、無念だよね、気持ちわかるよ、みたいなこと言ってみたかった。サナトリウムで療養しながら立原道造読んでみたりしたかった。どうせ苦しむならそのくらいの役得があってもいいんじゃないかと思ってた。咳きこむの苦しいんだもん。なんかちょっとくらい見返りがほしい。いいことなんかあったかなあ、激しく咳きこみ体をくの字に曲げてる姿がクラッシュのロンドン・コーリングのジャケットに似てるって言われたことくらいかなあ。


f:id:bronson69:20180331220619j:image

 

家の近所に公園がある。ブランコとすべり台と水飲み場とベンチがいくつか置いてある、どこにでもある普通の公園だ。そこには桜の樹が植えられている。とても大きなソメイヨシノが、正三角形をつくるように、三本。それぞれの樹は、三角形の内側に向かって、面積を塗りつぶすように枝を伸ばしている。ベンチは2つとも三角形の内側にあり、だからこの時期ベンチに座って空を見上げると、視界一面が満開の桜に覆われることになる。公園沿いの道路には電球色の街灯がある。夜になって灯りがともるとオレンジ色の光が公園の中まで射し込んでくる。深夜の帰宅途中、少しだけ寄り道をして、公園のベンチに腰掛ける。深夜の住宅街は静まり返っている。夜空は霞がかった乳白色の蒼。風が吹くとはらはらと花びらが舞う。そこでそのままじっと座っている。咳か寒さか眠気か、そのいずれかに耐えきれなくなるまで、オレンジ色の光に染まる桜を見上げて、そのままそこでそうしている。そんなふうにしてどうにか日々を過ごしている。

 

今週は咳ばかりしていた。仕事をしているときも、大人買いしたBANANA FISHを読んでいるときも、通勤電車でオードリーのANNのふかわりょうゲスト回を聴いているときも、のべつまくなしに咳ばかりしていた。風邪をひいてからはそこそこ時間も経っており、もはや特に喉が痛むわけでも気道がゴロゴロするわけでもないのだけれど、ただ咳の気配みたいなものだけが胸もとに残っており、その気配が濃くなるとゲホゲホと咳が出る。さらに三回に一回くらいの割合でゲッホゲッホと咳の発作みたいなものを誘発し、そうなると呼吸も苦しいわ音も動作も大きくなるわ、しんどさと周りの人への申し訳無さとのダブルパンチで肉体的にも精神的にもだいぶ削られてしまう。夜中にいきなり発作が起きたときなど、隣の彼女を起こしてしまうし心配させてしまうしもちろん自分もしんどいし、そんなこんなで布団に入るのが憂鬱になるほどだった。何度かそういう夜があってから、夜更けに咳が収まらないときは、なるべく静かに寝室を抜け、リビングで毛布をかぶって横になるようにしていた。発作がくると、身体をくの字に曲げて、ホットカーペットの上で心ゆくまで咳をした。苦しかったし寂しかったけれど誰かを起こしてしまう心配だけはしなくて済んだ。息つぎの間を与えてくれない咳の連撃に耐えながら、「咳をしても一人」って山頭火のあれは「咳をしても一人(だから思う存分咳き込んでもよい)」なのかもしれんな、などと思った。

 

咳は気まぐれで、まるで出ないときもあれば、咳止めの薬を飲んでもおかまいなしに出続けるときもあった。咳の発作が酷いとき、ゲホゲホエッホウエッホゲエエエエッホゲッホゲッホと絞り出すように咳をしながら、酸欠でビリビリと血走る頭の片隅で、この咳がなんのために存在するのか考えていた。引っかかるものもなく、異物感も排出すべきものも何もないのに、なぜこうも執拗に咳が出るのだろう。僕の気管支が鈍感なだけで、本当は何かがひっかかっているのだろうか。このままゲホゲホと咳をし続けていれば、いつかひっかかっている何かが出てくるのかもしれない。ピッコロ大魔王の卵のように?でも卵ではあまりに荒唐無稽だ。せめてもう少し身近なものであってほしい。ビアグラスとか、プラスドライバーとか、鍵とか指輪とか。どうせなら何かしら意味があった方が楽しい。咳きこんでビアグラスを吐き出し驚愕したその数日後、そのうち行ってみようと思っていた近所のクラフトビール屋さんが閉店していたことを知る。しばらく後、プラスドライバーを吐き出した翌日、緩んだネジを締め直さなくては、と思いながら騙し騙し使っていたテーブルが破損する。僕は気付く。もしかして、僕が吐き出しているのは、すぐにどうにかしないと手遅れになってしまう何かに関わるものなのではないか?それから数日後、発作のあとに僕が吐き出したのは、誕生日に彼女に贈った指輪と、見覚えのない鍵だった。僕は激しく混乱する。とても不吉な予感がする。いったい何が手遅れになろうとしているのか?僕はいま、何をするべきなのか?わからない、わからないけれど走り出せ、手遅れになる前に走り出せ、たぶんすぐ咳きこんで走れなくなるだろうけど、いいからとにかく走り出せー。例えばこんなお話はどうだろう。知らんがな。

 

眠れない夜を過ごすため、Netflixであいのりを見るなどした。みんなええ子やの、がんばりや、がんばりや、という気持ちで見守っていたらあっという間に最新話に到達してしまった。シャイボーイの恋はどうなるのだろう。上手くいってほしいと思いつつ、「一人になりたい」と言ってる女の子を無理やり追いかけてそれでなんとかなっちゃうみたいな成功体験は獲得してほしくないぞ、とも思うわけで、アンビバレントで引き裂かれちゃっている。かすがの表情も、喜んでんのかしんどさが極まってんのか何とも読みとれない感じだったし。スタジオでベッキーが「あれは超レアケース!女の子が一人になりたいって言ってたら一人にしてあげて!」って言ってたの聴いて救われた気持ちになった。ベッキー河北麻友子のコンビは最高だ。ノリが洋ドラの女子のそれ。河北麻友子を初めて好きになった。男子たちが分をわきまえてる感じもいい。オードリーにはいつまでもあんな感じで居てもらいたい。あともうひとりの男子の名前がどうしても覚えられない。申し訳ない。

 

迷ったけれど、咳がひどくなったら退席することにして、範宙遊泳の「もうはなしたくない」を見に行った。咳止めを重ねがけして、龍角散を口に放り込み、膝の上に温かいお茶のペットボトルをスタンバって口元にタオルハンケチをあて、そのままの態勢でなんとかラストまで乗り切った。女優さんたちのお芝居(大人っぽい島田桃子さん、初めて見たけどとても素敵だった)や衣装、セリフ回しの巧みさなんかには本当に唸らされた、けれど肝心のストーリーの部分で納得が行かないところがあった。ラストに至る流れで、やや男性恐怖症的な登場人物が、初対面の男性に無理やり押し倒されるシーンがある。彼女は激しく怯える。他の女性は、それがたいしたことではないかのような物言いをする。怯えた彼女は部屋を飛び出す。走って逃げようとする。他の女性は逃げる彼女を追いかける。追いかけて、追いかけて、走り疲れて、「わたしたちはみんな違う、みんなおかしい」と言いながら手を繋ぎ、カラオケに行く。ここ、納得いかなかった。手、繋げないでしょ。酷いことをされたとき、そんなのたいしたことじゃないよ、と言ってくる人とは、手を繋げないでしょう。走り疲れて思い出語るくらいのことでは、手を繋げないでしょう。そんなとってつけたようなシスターフッド、嘘でしかないでしょう。やりたいことはわかる。要するに「みんな違ってみんないい」だ。人それぞれいろんな性癖があり、性指向があり、それは必ずしも理解し合えるものでもなく、また理解し合う必要もない。けれど理解し合わなくても繋がることはできる。一緒にいることはできる。私は私の、私たちの性について、もう話したくない。けれど、私はあなたをもう離したくない。それがやりたいのはわかる。でも、あれは嘘だ。タイトルに引っ張られたのだろうか。「もうはなしたくない」というダブルミーニングがきれいに決まりすぎたから、それに合うラストにしてしまったのだろうか。あの子はあのまま逃してあげてほしかった。あの子の被害感情を、そのまま認めてあげるか、認めないなら逃してあげてほしかった。

 

あとそうだ、この週末はカレーが美味しかった。高円寺のかりい食堂さんでチキンカレーと出汁ャブルな牡蠣のカレーのプレートをお昼に食べ、
f:id:bronson69:20180313014617j:image

夜は西荻窪の大岩食堂でポークビンダルーと牡蠣カレーのミールスを食べた。


f:id:bronson69:20180313014822j:image

ウールガイが美味しいカレー屋さんは間違いのないカレー屋さんだと思う。n数こそ6とかそんなもんではあるが、これはもう法則だと断言してよいのではないか。しかしお店でウールガイを食べるときはほぼ100パーセントの確率でカレーも一緒に食べているわけで、せっかくの法則も活用の機会がどこにも見当たらない。何とも残念な話である。