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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

二月の最後の週のこと

眠たい目をこすりながら書く日記。

 

書こうと思っていたことをずいぶん溜めこんでしまった。先週のことから。小沢健二の「流動体について」の発売日、仕事を終えて新宿のタワレコへ向かう。渋谷のHMVまで行こうかなとも考えたけれど、自分が一番通ったレコ屋はやはり新宿のタワレコなので、そうすることにした。到着したら、なんと休み。入ってるビルごと休み。Flagsよ、こんな大事な日に何やってんだ。しゃーない新宿にもHMVあったよな、タカシマヤだったかな…と調べるといまはルミネの中にあるのね。行ってみると、なんだこれ、狭い。ちょっと驚くほどに狭い。売場面積、ひとり暮らしにはゆとりのあるワンルームくらいか。CDが売れない時代なんだなあ。それでもお客さんはそこそこいて、レジに並ぶ半数は「流動体について」を買っている。なんだか嬉しい。買って帰宅して早速聴く、涙ぐむ、感情が膨れ上がって胸につかえる、どうしても感情を吐き出したい、言葉にしたい、けれど言葉にならない、ほんで四日くらい悪戦苦闘して書いたのがこれです。読んでくれた方、ありがとうございました。

 

bronson69.hatenablog.com

 

土曜。いよいよJリーグが開幕。我がベガルタ仙台は札幌に快勝。大卒ルーキー永戸大活躍。ルーキーの活躍ほど胸がときめくことはない。しかし今季からJリーグを独占配信することになったDAZNがすこぶる駄目。うちの機械のスペックのせいなのだろうか、パソコンは動きがカクカク、スマホをテレビにキャストすると尋常じゃない画素の荒さ。早くなんとかしてほしい。夜は恋人と「ラ・ラ・ランド」を見る。

 

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しかしこのタイトル、カタカナで「ラ・ラ・ランド」だと意味ないんじゃないか。「LA LA LAND」とは、ロサンゼルスのLAであり、英語で「夢見心地」の意のLALALAND(ってパンフに書いてた)なわけで、アルファベットのままのがよかったのではないのか。そこんとこどうなんだ。映画のあとは新宿でお酒飲んでダラダラと。バレエダンサーの身体操作能力のヤバさについて学んだ。すげーなあれ。

 

日曜は芸術劇場で「なむはむだはむ」。子供が考えたお話を、ハイバイの岩井秀人森山未來前野健太が表現する。いやー面白かった。森山未來の身体操作、岩井秀人のアドリブ力と言葉の力、前野健太の歌声と可愛げ。
舞台の作りも面白かった。通常の客席に加え、舞台の奥側にも客席を作ってある。向かい合う客席に挟まれたスペースでお芝居をする。舞台奥側の客席にいたのだけれど、明らかに見たことのない光景が広がっていて、それだけでももうアガった。

去年から演劇を頻繁に見るようになって、演劇とは感想の書きにくいものであるなあ、と感じている。なんて言えばいいのかなあ、僕が演劇をみてグッと来ているとき、何にグッと来ているのかといえば、多くは「新しさ」なのだ。自分の世界には存在しなかったもの、自分の理解の範疇を越えたもの、まだ見たことのない世界が眼前に現れ、そして消えてしまうこと、僕にとっての演劇の面白さとはこれなのだ。なのでよい演劇を見たときの感想はいつも「すげー良かったのだけれど何が良かったのかと訊かれるとうまく言葉にできない」になってしまう。探すと言語化するメソッドがありそうな気もする。でも言語化できない今の状態を割と気に入ってもいるので、まあいいか、とも思っている。なのでたぶん、しばらくこのまま。

 

観劇後、池袋の「千登里」で飲む。肉豆腐、ねぎぬた、青菜とあぶらげ煮びたし、やきとん、もう一度ねぎぬた。しみじみと美味い。隣のテーブルでは久々に顔を合わせたらしいご老体お二人がいまの自民党についてやいのやいのとやっている。あまりにも床屋政談らしい床屋政談で嬉しくなってしまう。いい店だったし、いい夜だった。

 

今週は何をしていたかな。「カルテット」の時間軸うんぬん、の話はただの凡ミスだったとのことで一安心。あんな繊細で豊かなドラマ、叙述トリック見破るような態度で鑑賞するのはもったいないよな、と思っていた。とか言いつつ録画見返したりしたけれど。
7話、「旧姓」「巻き戻った」のシークエンスの後、別荘の二階から顔を出すもたいまさこのシーン、すごく良かった。「巻き戻り」がテーマの話だったけれど、恋が始まって終わることは、恋がなかったことと同じではない。豊かな時間が、経験が、思い出が残る。恋をする前の自分と恋が終わった後の自分は同じではない。あの二階のもたいまさこ、恋をしなければ知り合うことのなかった存在、彼女にはそういうことが託されていた。暖炉で真紀さんが詩集を燃やすシーンもよかったなー。真紀さんがたまに見せる激しさ、背筋が寒くなってとてもよい。夫婦のシーンにおけるクドカンに対する共感性のなさもヤバかった。優しいし愛情もある、でも慮りがない、一方向的な愛情。ちょっとサイコパスっぽさを感じる。クドカンの前の夫を殺してる、とかそういう展開があっても驚かない。
ところでもたいまさこクドカンが出会わなかったことには何か意味があるんだろうか。

 

あとは何だろう。甘味をよく食べた。伊勢丹のマパテでブロンディールのケーキをどさどさと買い込んでみたり、赤坂のデリーモでケーキをわしゃわしゃと買い込んでみたり。ケーキはがっつり甘いのがいいか甘さ控えめがいいかで恋人と争ったりした。僕はがっつり甘い派です。ケーキ食ってんなって感じのケーキが好き。ハーゲンダッツの柔もちはまだ食べていない。もしかしたら食べないかもしれない、くらいの思い入れ。あれは超高級な雪見だいふくってことでいいのかな。雪見だいふく食べたいな。あ、それよりあれだ、美味しい和菓子屋さんの苺大福を食べたいな。

 

仕事の本を買おうと紀伊国屋に行って、ぜんぜん関係ないやつを買い込んで終わる、みたいなやつもやった。
「エスパー麻美」の新装版の装丁が可愛すぎるのが悪い。いやエスパー麻美は悪くない。ビジネス書の装丁が可愛くないのが悪いのだ。表紙だけエスパー麻美で中身はビジネス書、みたいな本があればいい。とにかく久しぶりに読むエスパー麻美は最高だった。高畑くんいいやつすぎ。9巻まで出るらしいので買い集めようと思う。もう立ち消えになったものと諦めていた「大阪ハムレット」の5巻が発売されていたのも最高だった。帰宅して読んで、あまりに良くて1巻から読み直してしまった。以前はナビィちゃんの話が一番好きだったけれど、いまはバレエの先生の話が好きだ。河内音頭にあわせてキトリを踊るエリカちゃんに感涙。ダンスを見ると泣く、みたいな回路が繋がってしまっているのだろうか。まあ何でもいいや、いいものはいいし泣けるものは泣けるのだ。

 

会社からの帰り道、山桜が満開を迎えているのを見つける。夕暮れ時の紫色の光に、萌木色の葉と桃色の花弁が艶めかしく照らされている。そういえばだいぶ日が長くなった。またひとつ季節が巡ろうとしている。冬が終わる。春になる。