bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

あなたを選んでくれるもの

読書感想文。

ミランダ・ジュライ「あなたを選んでくれるもの」新潮クレストブックス。訳者は岸本佐知子さん。

あなたを選んでくれるもの (新潮クレスト・ブックス)


35歳のミランダ・ジュライが、映画の脚本を書きあぐね、何かの参考になればと言いつつ、ほとんど現実逃避気味に初めたインタビューについてのノンフィクション。というより、この文章は、「インタビューをした日にわたしが思ったこと」という感じで、だから日記とかブログとかのそれに近いのかな。ノンフィクションという言葉から受ける印象より、もっとプライベートで、主観的で、感情的。

インタビューの対象は、「ペニーセイバー」という、無料でポスティングされる「売ります買います」みたいな冊子に売り物を掲載している人たち。革ジャン、オタマジャクシ、インドの古着、誰かのアルバム、古いドライヤー。価値があるのかどうかわからないものを、イーベイでもクレイグズリストでもなく、「ペニーセイバー」を通じて売ろうとするようなひと、つまりインターネットを知らないひとたち、そのなかでも、見ず知らずの女性を相手に自分の人生を語ることをオーケーするひとだ。だから、インタビューに登場するのは、「因果鉄道の夜」をはじめとする、根本敬作品に出てくるようなひとが多い。社会とのシンクロが上手く行かず、いつのまにか過剰になってしまった、多くは年配の、あまり裕福ではないひと。みな孤独で、毎日の生活にぽっかりと空いた隙間を埋めようとやっきになっている。話しを聴いてくれる人が見つかると、少しでも多くの、でも本質的ではない言葉をひたすら羅列し、けれどひたすら羅列する行為自体が本質を物語るような、そんなタイプのひとたちだ。

当然のように、ミランダ・ジュライは消耗する。強いパワー、それもほとんどはポジティブではないもの、悪意や敵意ではないけれど、どこか陰鬱としていたり調子っぱずれだったりする、美しいとは言い難いエネルギー、あるいは部屋に充満する動物の臭い、仮釈放中の得体の知れない男からの誘いの言葉、自分自身をアウトサイダー・アートにしたような存在と向き合って話すということ。様々なことを一方的に浴びせかけられ、打ちのめされ、それでもインタビューを辞めようとしない。ハードなインタビューに取り憑かれながら、自分の頭の中の世界と、自分の頭の中にはなかった世界とを、少しずつチューニングしていく。自分の抱える葛藤と、自分の抱える現実とを、少しずつ擦り合わせていく。映画のこと、結婚して夫とずっと生きていくということ、自分に残された時間のこと。

最後と決めたインタビューでジョーと出会うのは、偶然ではない。ジョーと出会えたから、彼女はインタビューを終わりにすることが出来たのだ。ジョー。お金とも、インターネットとも無縁だが、81年の人生を、善良さと知性とユーモア、それに妻への愛を持って生きてきた男性。

たぶん、彼女は、現実の人生が物語であること、それが描くに足るものであることを確認したかったのだと思う。そうでなければ自分だって生きていけないから、自分の人生が生きるに足るストーリィであり得ることを信じられるようになりたかったのだと思う。ジョーのようなひとに出会えるまで、リアリティと美しさを兼ね備えた人生を見つけるまで、インタビューを辞めることはできなかったんだと思う。いや、どうかな、わからない。僕が思っていることを仮託しているだけかもしれない。

ミランダ・ジュライの言う通り、我々は愛する相手を選択できる。伴侶に限らず、友人も、家族も、誰とどのように時間を過ごすか、自分の意思で選択することができる。けれど、本当は、我々は皆、オールを持たずに海に浮かぶ小舟のようなもので、嵐がくれば波に身を任せるしかない。人生は、選択できるようでもあるし、回りつづけ、変わりつづける万華鏡のひとつのピースのようでもある。選べるから―選びとることができなかったひとがいるから、愛するひとを大切に思うのだし、そもそも選んだりすることができないから、人生が物語であり得るのだ。

わたしはわたしを選ばなかった。
けれど、わたしは最初からわたしだった。
わたしは誰かに選ばれたこともあるし、誰かを選んだこともある。もちろん選ばれなかったこともある。
けれど、本当は選択なんてそこには存在しなかった。
そうするしかないことを積み重ねてここまで来たようなものなのだ。

道はたくさん、それこそ無限にあったけれど、わたしはこの道しか歩めなかったのだと思う。
たとえ何度繰り返しても、結局おなじ道を歩むのだと思う。
だからこそ、この道を愛おしく思うのだ。
わたしだけが歩いてきたこの道を。



なんだろう、本の文章にあてられて、自分じゃないみたいな文体になった。
なんだか恥ずかしい。
でも、そういう気分も含めて感想文だからな。
まあいいや。