bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

味噌ラーメンと中原中也

三週間ぶりに食欲がわいた。
ダイエット的にはやめといたほうが良いのだろうけど、せっかくわいた食欲を無碍に扱うのも可哀想なので、きちんと飯を食うことにした。

近所のラーメン屋に出向いた。
家から歩いて三分。
ネットの評価は低いけど、地元客に愛される店。
やや甘い味付けの味噌ラーメンが美味い。

味噌ラーメンと、ランチサービスの半ライス。
いつもなら簡単に平らげられるのに、小さくなった胃にはきつかった。
麺と具を食べ、ライスには手を付けることができなかった。
それでも腹はパンパンで、たぶん夕飯は食おうとしたって食えないだろう。

外に出るとうっすら霧雨が降っていた。
家までゆっくり歩いて帰り、サッカーを見ていたら、いつのまにか眠っていた。

少しずつ、少しずつ、俺は普通に戻っていく。
そのことが、辛くて悲しくて、苦しい。
なんでのうのうと生きているんだろう。
俺は死んでいるはずだったのに。
ひとりで生きていくなんて、考えもしなかった。
二人で生きていくか、それとも死ぬか、二つに一つだと思っていた。
なんでまだ生きて、飯を食っているんだろう。

愛する我が子を失ったとき、中原中也はこう書いた。

 愛するものが死んだ時には、
 自殺しなけあなりません。
 
 愛するものが死んだ時には、
 それより他に、方法がない。

 けれどもそれでも、業が深くて、
 なほもながらふことともなつたら、

 奉仕の気持に、なることなんです。
 奉仕の気持に、なることなんです。

奉仕の気持ちか。
それってなんだろうな。
世界に対して謙虚になれ、ってことなのかな。
お前の悲しみなど小さいぞ、
その悲しみは、世界の全てなどではないぞ、
世界の誰もがそれを経験しているのだぞ。
そういうことを言ってんのかな。

 ではみなさん、
 喜び過ぎず悲しみ過ぎず、
 テムポ正しく、握手をしませう。

 つまり、我等に欠けてるものは、
 実直なんぞと、心得まして。

 ハイ、ではみなさん、ハイ、御一緒に ――
 テムポ正しく、握手をしませう。

正しい。
奉仕の気持ちになること、
テンポ正しく握手をすること。
まったくもって正しいよ。
誰だってそうすべきなんだよ。
そうして、立ち直っていくべきなんだよ。
俺にだってわかってるんだよ。

だけど、だけど、そんなの、なんかいやなんだ。
俺、愛してたんだよ、本気で。
その愛情に対して、もっと真摯で、誠実でありたいじゃん。
自殺でもしないとさ、誠実さを現せないじゃん。

中原中也だって俺と同じだったんじゃないかな。
正しいことはわかってるし、納得してるし、
でもなんか、あんまりだと思ったんじゃないかな。
だから、こんなに道化た口調なんじゃないかな。
道化て、自嘲するみたいな言い方でしか、書けなかったんじゃないかな。

立ち直りたくねえな。
ずーっと、惨めな、悲しい気持ちでいたいな。