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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

宇宙、或いは優しさの受け入れ方について

太ってしまった。暑かったり涼しくなったら雨ばっかだったりで歩く機会が減ってるとこに加えて、食べ歩きばっかしてるから仕方ないんだけどさ。ただの自然の摂理なんだけどさ。特にお酒がよくない。お酒飲むと食欲が増す。食える量も増える。俺の胃袋は宇宙だ…みたいな気分になる。胃袋が宇宙だってことは、俺の食べたものはみんなお星様になるのかな。玉ねぎだのトマトだの鶏肉だのクミンだのコリアンダーだの、要するにチキンカレーなんだけど、そういう色んな有機物が宇宙をふわふわ彷徨って、弱い力に引かれて固まって星になって、雨がふって海が出来て、海の中で有機物に魔法がかかり、単純で簡単な生命が産まれ、大きくなり、エラ呼吸し、陸に上がり、鱗をもち、欲はなく、いつも静かに笑っている。一日に、玄米四合と、味噌と、少しの野菜を食べ、あらゆることを、自分を勘定に入れずに、よく見聞きしわかり、そして忘れず、そういうものにわたしはなりたい、と誰かが思い、思ったからヒトが産まれ、産んで増やして地に満ちて、発展し社会化し産業化し、(或いはネリリし、キルルし、ハララしているか、)そうしてたぶんその中のひとつの個体は太ってしまったことを悩んだり、酔っぱらって調子にのって食べすぎたり、カリコリと日記を書いたりする。えーと、これはいったいなんの話だっけ。

 

なんの話かはまるでわからないので全く違う話をする。優しさについて。

 

自分の心の命ずるままに、優しくしたいように優しくするのは簡単で、ある意味やりたい放題すればいいだけでシンプルで能天気で幸福である。鈍い人間がこれをやると殆どはいつか失敗する。優しくしてくれるのは嬉しいけど、わたしがしてほしいのはそういうことじゃないんだよね、そんなことしてもらっても嬉しくないっていうか、心苦しくなる分むしろ迷惑だよ。こういうやりとりを経て人は成長する。相手の求めていることが何なのか、把握しようとする。察せるひとは察するし、察せないひとは質問をする。あなたに優しくしたいと思ってるんだけど、どういうことをしたら喜んで貰えるのかわからないんだ。どういうことをしてほしいか、僕に教えてくれる?

 

 優しくするより難しいのは、優しさを受け取ることだ。相手が僕を喜ばせようと何かをしてくれる。食器を洗ってくれたり、洗濯をしてくれたり、痛む腰をマッサージしてくれたりする。そうすると、僕は、済まないなあ、申し訳ないなあ、と思う。僕があなたを楽しませたい、ハッピーにしたいと思っているのに、僕のほうがいろいろしてもらって、ハッピーにしてもらってしまって、なんだかごめんねえ、と思う。食器洗いや洗濯なんか、僕がやっておけばよかったことなのに、やってもらって申し訳ないな、と思う。思うので、その通りに言ってしまう。やってくれたんだ、ありがとう、でもごめんね、そんな気を使わなくていいからね。それを聞いて彼女は不機嫌そうにする。喜んでほしくてやっているのに、あなたはいつも申し訳なさそうにするよね、そういうのってなんだかすごく他人行儀じゃない?

 

ごもっともだと思うのだ。逆だったら僕もきっとそう思うに違いない。喜んでほしくてやったことなのだから、ただ喜んでほしい。嬉しい、ありがとう、って笑ってほしい。済まなそうな顔なんて見たくない。そりゃそうだ。頭ではわかってる。わかるのだけれど、たまった洗濯物を洗ってもらったりすると、自分の横着の後始末をさせてしまったみたいな気分になって、どうしても申し訳なさが先に立ってしまうのだ。

 

どうしたらいいんだろうねえ、こういうの。横着すんな、自分のことはやってもらう前に自分でやれ。それはその通りだし、そうできれば一番いいよね。でもたぶん、そういうことではないのだ。好意に正しく感謝を示し、嬉しさを伝えることと、好意に甘えず、寄りかからずにいること。この二つを上手にバランスさせるやり方を、僕は学ばなければいけない。ふたりで上手に好意をやりとりできるようにならなくてはいけない。そのほうがきっと、いまよりもっとハッピーに過ごせるようになる。

 

まあまあ、ゆるゆる慣れていこう。相手に伝わる済まなさと嬉しさの比率を、意識して変えていこう。あなたと一緒にいてとても楽しい、優しくしてもらってとても嬉しい。そういう気持ちが伝わるように。申し訳なさばかりが伝わるくらいなら、火星人のようにネリリしキルルしハララして、二十億光年の孤独に浸っているほうがずーっとずーっとマシだものね。