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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

公正さ

 

toyokeizai.net

 

この記事のブコメ見て怒りが沸いたので、昼休みにこれを書いている。

 

「自己責任」「同情できない」ってコメント見て、マジかよ、ってなった。

これを自己責任って思うのかよ。ウソだろ。

 

どう考えたって、彼女には助けが必要だ。

彼女に救いの手が差し伸べられないような社会は、公正な社会ではない。

俺の基準はシンプルだ。

「俺が生まれ変わって彼女(彼)として生まれてきたとして、俺はその人生を『これもアリだ』と思えるか?」

これが俺にとっての「公正さ」の基準である。

 

我々は生まれを選べない。

親を選べない。

身体を選べない。

知能を、能力を、運命を選ぶことができない。

 

家族、文化資本、容姿、知能、発達障害の有無、虐待の有無、いじめの有無、人間関係、仕事の有無。

そういう、自分の力だけではどうにもならない人生のパラメータが悪い方に偏ることは、ままある。

人間の人生は、かなりの部分、運によって決まる。

だから、転落に備えた支えの手は、可能な限り十分に用意されるべきだし、

どうしても用意できないなら、それは忸怩たる思いを抱えるべき事柄なのだ。

自己責任だろ、仕方ない、で済ませていいことではない。絶対にない。

 

「まずはタバコやめればいいじゃん」「別の仕事探せよ」「自助努力をするべきだろ」

 

その声は正しい。

福祉は物乞いに金をくれてやる行為であってはいけない。

自立のためには、自助努力は絶対に必要だ。

 

でも、順番があるのだ。

どん底の状態から自助努力で立ち直れるのは、強い人間だけだ。

正しい教育や健全な自尊心、精神疾患の有無。

「強い人間」として生まれてくるかどうか、それだって運なのだ。

だから、自分の力で歩けるようになるために、まず助けが必要なんだ。

安心と安全を与え、歩き方を教えなければいけないんだ。

 

もう一度、考えてほしい。

もし自分が彼女だったら。

彼女の身体、性格、メンタル、人間関係、家族、文化資本、そういう条件のもとに生まれていたら。

「それでも自分は絶対にああはならない」と言い切れるか?

 

もし言い切れるなら、あなたには想像力が欠けているのだと思うよ。