bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

本当にあった嘘みたいな嘘の話

飯を食えなくなったのでついでにそのまま食わずにいたら、体重がガンガンに落ちていく。
非常に小気味よい。
仕事用のパンツがどれもブカブカである。
しばらく前に通販で買って丈詰めがめんどくさくてそのまま放置してたチノパンはたぶんもう履けない。
そのくらいにサイズが変わった。

ブカブカといえば、先日ついにブカブカに遭遇した。
ブカブカは二頭身の象である。
鼻のところがラッパになっている。
優しくてオッチョコチョイで、うれしいことがあると、ラッパをならしてブカブカと笑う。
だからブカブカ。

ブカブカは、巨デブから産まれる。
正確には、元巨デブのスキマから産まれる。
さらに正しく言えば、悲しみのあまり痩せてしまった巨デブの、サイズの合わなくなったズボンとおなかのスキマから産まれる。
ダイエットの広告でよく見る、あの空間だ。

巨デブに悲しみが訪れる。
飯がのどを通らない。
痩せていく。
ズボンのサイズが合わなくなる。
ある日、いつものようにズボンを履こうとして、ため息をつく。

ああ、いつのまにかずいぶん痩せてしまったな、パンパンだったズボンがこんなにブカブカになっちまった…

ブカブカが産まれるのはこの瞬間である。
ドラえもんが四次元ポケットからどこでもドアを取り出すときのように、ズボンのスキマからにょいんと出てくる、わけではない。

いつのまにか、背後に立っているのである。

着替えの途中の悲しいデブは、何かの気配を感じて振り返る。
ブカブカは、ニコニコしてデブを見つめている。
デブはおどろき、尻もちをつく。
腰を抜かしたデブを見て、ブカブカは楽しそうにブカブカと笑う。
ブカブカがあんまり楽しそうに笑うので、つられてデブも笑ってしまう。
ブカブカも笑う。
いつしかデブは腹のそこから笑っている。
涙が出るほど笑い転げ、ふと我にかえると、ブカブカはいなくなっている。

ブカブカは、そういう存在である。

俺のところにもブカブカは来た。
俺は驚き、尻もちをついた。
ブカブカは笑った。
俺もつられて笑った。
腹が痛くなるほど大笑いして、涙目をこすりながら我にかえると、ブカブカはまだそこにいた。

あれ?まだいるの?
うん。
消えるんじゃないの?
うん。
消えないの?
うん。
どうしたの?
わかんない。

本当ならもう消えてるはずなのに、ブカブカはまだそこにいた。
なぜそうなのかは、ブカブカにもわからないようだった。
当のブカブカは、何も気にしていないようだった。
それどころか、なぜか消えないこと、それ自体がおかしくて仕方ない、といった感じで、クックックッと笑っていた。
俺もつられてまた笑った。

いつも楽しげなやつが部屋にいる、というのは精神衛生上とても素晴らしいことである。
なにしろ悲しむ隙がないのだ。
ブカブカは俺を見て笑う。
落ち込んでいる俺なんか面白くて仕方ないらしい。
ブカブカ笑うブカブカを見ていると、なんかもうどうでもいいやと思えてきて、俺も笑う。

たぶんもうメシも普通に食えるだろう。
でもなんとなく食べる気にならず、晩飯抜きの生活が続いている。
だから俺はどんどん痩せていく。
ズボンはもうブッカブカだ。
でも俺は新しいズボンを買わない。
ピッタリのズボンをはいたら、ブカブカが悲しむような気がする。
それとも転げ回って笑うだろうか。
そう思えばそんな気もする。
わからない。
女房の気持ちだってわかってやれなかった俺だ。
ブカブカの気持ちなんてわかるわけがないじゃないか。

ブカブカはまだ部屋にいる。
俺は今日もブカブカのズボンをはいて会社へ向かう。
本当にあった嘘のような嘘の話である。