bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

引き続き咳

相変わらず仕事と咳の毎日である。日々薄皮を剥がすように少しずつ快方に向かっていた咳はある時点から薄皮を積み重ねる方向に転換し、咳に加えて喘息の発作と発熱を伴うようになった。それも微熱。堂々と病欠できるほどではない微熱。だらだらと続く37度2分。

二十歳の微熱はさまになる(なんなら映画にだってなる)、けれどおっさんの微熱はさまにならない。治療の対象になるだけである。しょうがないので繁忙極まる仕事を抜け出し病院へ。先日いただいた薬を飲んでます、でも咳も微熱も喘息もよくなりません、ダルくて寝れなくて苦しくて仕事休めなくてしんどいです。おかしいですねえ、先日処方したのはだいぶ強いお薬なのですよ。検査しましょう、レントゲン撮って採血もします。待合室でお待ちください。平日の昼下がり、駅前のビルの二階の個人病院。やたらと広い待合室には僕ひとり。大きな窓からは春の陽射しが燦々と。すぐ外には駅があり、ロータリーでは人々がせかせかとド平日をやっている。僕はただ長いすに座っている。静かで清潔であたたかい部屋。ぼうっとする頭。少しだけ高い体温。僕は呼ばれるのを待っている。何も思わず、ただ座り、呼ばれるのをただ待っている。まるですべてが静止しているみたいだった。検査の準備が整うまでの、短い間の、短い永遠。

検査結果は異常なし。安堵しつつ、どこか残念でもある。僕の中にはまだどこかに大病への憧れがある。もういい歳なのだけど、同級生と合うとなんだかんだ言って健康が一番だよね、みたいな会話をしちゃうような歳なのだけど、不謹慎なのは重々承知しているのだけれど、正直に言えば、まだどこかに大病への憧れがくすぶっている。入院とかしてみたい気持ちがちょっぴりある。今回もワンチャン結核とかあるかなーなんて思ってた。沖田総司ね、無念だよね、気持ちわかるよ、みたいなこと言ってみたかった。サナトリウムで療養しながら立原道造読んでみたりしたかった。どうせ苦しむならそのくらいの役得があってもいいんじゃないかと思ってた。咳きこむの苦しいんだもん。なんかちょっとくらい見返りがほしい。いいことなんかあったかなあ、激しく咳きこみ体をくの字に曲げてる姿がクラッシュのロンドン・コーリングのジャケットに似てるって言われたことくらいかなあ。


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家の近所に公園がある。ブランコとすべり台と水飲み場とベンチがいくつか置いてある、どこにでもある普通の公園だ。そこには桜の樹が植えられている。とても大きなソメイヨシノが、正三角形をつくるように、三本。それぞれの樹は、三角形の内側に向かって、面積を塗りつぶすように枝を伸ばしている。ベンチは2つとも三角形の内側にあり、だからこの時期ベンチに座って空を見上げると、視界一面が満開の桜に覆われることになる。公園沿いの道路には電球色の街灯がある。夜になって灯りがともるとオレンジ色の光が公園の中まで射し込んでくる。深夜の帰宅途中、少しだけ寄り道をして、公園のベンチに腰掛ける。深夜の住宅街は静まり返っている。夜空は霞がかった乳白色の蒼。風が吹くとはらはらと花びらが舞う。そこでそのままじっと座っている。咳か寒さか眠気か、そのいずれかに耐えきれなくなるまで、オレンジ色の光に染まる桜を見上げて、そのままそこでそうしている。そんなふうにしてどうにか日々を過ごしている。