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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

風呂

好評につき繁忙期は上映期間を延長してお届け中。

 

ここ最近は風呂が好きで、忙しくてもシャワーではなく湯船につかるようにしている。雑に浴槽を洗い、蛇口をひねり、お湯を張る。部屋に戻る。ブザーが準備完了を知らせる。あとは入るだけなのだけれど、ここで悩む。手ぶらで向かうべきか、漫画の一冊も持って入るか?

 

手ぶらはハイリスクハイリターンだ。何も考えずにボーッとすることができれば最高。心の底からどうでもいいことをぼんやり思い浮かべるのも良い。酷いのは仕事のことを考えてしまうとき。ちょっと思い出すくらいならまだしも、何かを思いついてしまったりするともういけない。明日まで忘れぬようにしなくては、せめて風呂から出てメモをするまでは…となって風呂どころではなくなってしまう。そっから連想ゲームが繋がって頭が高速で回りだしたりすると事態はさらに悪化する。風呂がリラックスタイムではなくなってしまう。なんでこの壁はホワイトボードになってないんだ、この風呂場が会議室ならいいのに、みたいなことを考え始める。

それでもそれが明日の仕事に役立つのなら百歩譲って良しとしよう。最悪なのは、仕事ではない、そもそも自分の問題ですらないことの問題解決が始まってしまうパターンだ。近所のめっちゃ美味いラーメン屋、いつ行っても常連のジジイが泥酔して絡んでくるあの店、あそこからあの爺さんを叩き出すにはどうしたらいいか、しかし注意しない時点で店主はあの爺さんの存在を、というか毎日安くない金を落としてくれる常連を尊重する判断を下しているわけで、たまにしか行かない客である自分がその判断に口出しする権利なんてどこにもないんだけど、でもあの爺さんがいなかったら俺の来店頻度はたぶん倍くらいにはなるだろうし、そういう潜在的な常連客候補はどれくらいいるのだろうか、それと客単価と掛け算して爺さんからの収益と相殺できたりしないだろうか、しかしそんなことをいくら考えたって爺さんはいなくなるわけでもなく、ただ俺の優雅なバスタイムが台無しになるだけなのである。うん、やっぱり最悪だ。

 

そこいくと漫画はいい。ぼんやりとはできないけれど、気分や回転をちょうどいい感じにしてくれる。大切なのはチョイスだ。かき乱されすぎてもいけないし、スカスカでもいけない。初見のやつだと集中しすぎてしまうし、何度も読んでるやつでは興を削ぐ。「風呂で読むのにちょうどいい一冊」を選び出すのはなかなか難しいことなのだ。ちなみにこれまでに読んだなかでいちばんちょうどよかった漫画は、買ったときに一度読んだきりの志村貴子の「こいいじ」でした。感情の揺れが日常に溶け込んでいるあの漫画を、知らないわけではないが覚えてもいない状態で、お湯に浸かりながら読む。なんとも曖昧で、ぼんやりとして、本当に至福のひとときだった。

 

 

東京では桜が満開になったという。いまの通勤の行き帰りの道には桜がないから、まだ今年の桜を見れていない。美味しい日本酒も取り寄せたことだし、週末まではなんとか持ってほしいな。