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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

日記

朝。目覚ましよりも少し早く起きる。寝起きは良い方だからすぐにシャワーを浴びてもよいのだけれど、そのあいだに目覚ましが鳴り出すと面倒だから、目覚ましが鳴るまで待って、ストップボタンを押して、それからベッドを出る。46℃の熱いシャワーを浴びる。熱すぎるせいで3秒以上同じ箇所に湯を当てることができない。美容師がドライヤーを振るようにシャワーヘッドを振り、湯の方向を分散する。やけどの手前の、痛みとも痒みともつかぬ、チリチリとした焦燥感のような感覚が肌を指す。脳はそれを心地よいと判定する。そう判断する脳を長いこと使っている。

 

風呂場を出る。素のままの冬の朝の部屋の冷気を感じる。バスタオルで乱暴に頭を拭く。濡れたバスタオルを洗濯機に放り込む。出しておいた下着を着る。シャツのボタンを留める。部屋に戻り、そのままベッドに横たわる。髪の毛が枕を濡らす。

 

目を閉じる。内側の景色を確認する。古井戸はとっくの昔に涸れ果てている。勤労意欲が湧き出してくる気配はない。担当業務は立て込んでいる。きょうが締切の仕事こそないものの、スケジュールを逆算すると、今日中にやるべき仕事はいくつもある。葉の落ちた樹にはまだいくつか責任感がぶら下がっている。大きめの果実は細い枝をぐにゃりとしならせている。遠くには山の端を白く染めた無常観の連なりが見える。さらに奥へと分け入っていくと、水面がある。岸は見えない。生き物も見当たらない。ただ水面だけがある。風もなく、波も立たず、水面はただ清潔な平面のようにしてそこにある。水面には変化がない。変化がないから、そこには時間がない。停止した時間と停止した水面が停止したしたままそこにある。

 

少し悩んで、悩んでいるうちに家を出るべき時間を過ぎる。体調が悪いので休みます、と一行だけのメールを送る。それから停止した水面に浮かぶ。わたしは停止した水面の一部になって、わたしの時間も停止する。

 

気がつくと外は暗くなっている。わたしは水面ではなく自分のベッドで目を覚ます。夢を見ていた。水面に浮かぶ夢ではない。遠い昔に住んでいた町についての夢だ。

 

夢の中のわたしはわたしではない誰かだった。わたしではない誰かのわたしは水道局員のような仕事をしていた。年のころは四十代後半ぐらいだろうか。歳の離れた後輩とふたり、揃いのグレーのツナギを着て、古びた公用車であちこちを動き回っていた。ある日、助手席で寝ていたわたしが目を覚ますと、後輩は停車中の社内で菓子パンを食べていた。時間ないんできょうもパンです、先輩のぶんもありますよ、とコンビニの袋を差し出される。暖かいお茶のボトルを取り出して一口飲み、場所を尋ねると、懐かしい町の名前を告げられる。学生時代に住んでいた町の名前だ。どの路線のどの駅からも離れた、都会の秘境。街と呼ぶのがためらわれるような寂れた商店街と、大きなクスノキのある町。ドアを開け、外に出る。この季節にしては暖かい。ペットボトルを持ったまま大きく伸びをし、そのまま少し歩いてみる。道なりにカーブを曲がっていくと、少しずつ石段が見えてくる。山の上に続く長い石段だ。登りきったところには立派な山門があり、その向こうには更に立派なクスノキがある。本当なら寺社仏閣のひとつもありそうなものなのだけれど、ここの石段と山門の向こうにあるのは、ただただ大きなクスノキなのだ。そんじょそこらの御神木よりよほど立派な、ただの大クスノキ。この町のひとたちは、みなクスノキが好きだった。夏になると、町内会が主催する夏祭りがクスノキの回りで行われた。神社でも何でもないところで行われる、謎の夏祭り。

 

住んでいたころならこのまま石段を登るのだろうが、いまはそんな気にはならなかった。石段に腰掛け、お茶を飲む。喉にほのかな温もりを感じる。携帯に後輩から連絡がくる。もう戻りますか?との問いかけに、ほんの少し進んだとこにいるから迎えに来て、と返信する。立ち上がって石段を見上げる。山門の向こうに大クスノキが見える。昼間の太陽が目に差し込む。網膜にクスノキの型の焼印が押される。ノロノロと車がやってくる。無言で助手席に乗り込み、目を閉じる。光になったクスノキがぼやんと拡散していくさまを堪能する。クスノキが跡形もなくなったころ、車の振動がまた眠気を連れてくる。

 

目覚めたわたしが最初にしたのは、あの町を探すことだった。あれはわたしには見覚えのない町だった。小さな遊園地のある町や曲がりくねった川のある町には住んだことがあるけれど、あんなに大きなクスノキのある町は聞いたことすらなかった。まず始めにクスノキを検索し、次に巨木を、最後に古刹を調べた。けれどあの町は見つからなかった。池上本門寺の参道の雰囲気は少しあの町に似ていたけれど、参道の先にあるのは立派なお寺であって大きなクスノキではないのだった。

 

諦めて目を閉じる。すぐにまた別の眠気がやってくる。慌てて目を開ける。このまま眠りに落ちていけばまた別のクスノキを見てしまうのかもしれない。わたしではないわたしの夢を見て、わたしのものではない来し方を見つめ、わたしのものではない感傷を、わたしではないわたしにも言葉にできないなにかを、まるでわたしのものであるかのように味わってしまうのかもしれない。そしてきっと、わたしではないわたしになって感傷的な夢を見るということ、あのクスノキが象徴する何か、それがわたしにとってどういう意味を持つのか、そのようなことを考えてしまうに違いない。

 

体を起こす。寝乱れたシャツがしわくちゃになっている。コートを羽織り、外に出る。夜空からぽつりぽつりと雨粒が落ちている。フードをかぶり、コンビニへ向かう。店内をひとまわりする。パンと温かいお茶を手にとり、少し考えて棚に戻す。レジでドーナツとホットコーヒーを注文する。家に戻ったら軽く仕事をしようと思う。