bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

好日

土曜日。今年はじめてパーカーを着た日。

 

五反田団の「pion」を観に五反田へ。最近ちょこちょこと演劇を見るようになったのだけれど、群を抜いて観客がみんなそれっぽかった。スリムで、お洒落で、黒髪で、文化系な感じ。男性はマッシュっぽい髪型が多い。ツーブロックは見当たらない。会場は古い倉庫を改装したような小屋で、その雰囲気も含めて納得感がある。見始める前からやたらめったら納得してしまった。お芝居のほうは、質だった。何かグッサリ刺さるとか、揺さぶられるとか、そういうことはなかったのだけれど、本当に面白かった。脚本、演技、演出、ぜんぶ高品質で、決して派手でも奇抜でもなく、でも寓話的かつ説得力のある、なのにきちんと伝わる、わかることができるお芝居だった。ここ最近は「わけがわからないのに凄い」ものを好んでいたのだけれど、「きちんとわけをわからせてくれるのに凄いと思える」ってのはもっと凄いことなのかもしれないな、と思った。

 

観劇のあとはテクテク歩いて品川へ向かう。誰もいない裏路地を抜け、誰もいない大通りを通る。道の反対側には森があり、少し向こうにはビル街が見える。夜空を見上げると街路樹の枝を透かして月がぼんやりと薄く光る。隣を歩く彼女に、月が出てるね、と声をかける。彼女は怪訝な顔をする。月が出てるのはあっちだよ、あなたが見ているのはたぶん街灯だよ。そんな馬鹿な、と再び顔を上げるとそれは間違いなく街灯で、白くて派手な光は雲に霞む朧月とは似ても似つかない。さっきはめっちゃ月っぽかったんだけどな。さてはあの街灯、一瞬だけ気合入れて月の演技してたな。

 

品川まで出てインド料理。エビとココナツのカレー、マトンビリヤニ、ピーマンのタンドール焼き、それからドライフルーツやココナツの入った甘いナン。このナンがとても良かった。かなり甘いんだけど、クミンとココナツの感じとドライフルーツの香りがよくて、思いのほか爽やかだった。ボリュームがすごくて、ナンは半分持ち帰った。食べすぎたせいか、帰りの電車では二人ともやたらと眠くなり、彼女は僕の左肩を枕にして眠った。左肩は彼女のチークで薄桃色に染まった。帰る道すがら、それをやたらと気にする彼女が可愛かった。

 

日付が変わるころ、ひとり仕事をする彼女を置いて飲みに出かける。初めましてのひと、お久しぶりのひと、おっす元気?のひと、色んなひとと取り留めもない話をした。暴力と達磨一家と東京ドームでのライブの話。けれどそのライブは出演者も観客もすべて自分で、自分の坩堝で、最終的にステージの上の自分は自分を捨てて単身アメリカに向かうのだそうだ。何のことかわからないけれど、飲み屋話とはそういうものだ。朝まで飲んで、外に出るとまだギリギリ夜だった。じゃあまた、と簡単に挨拶をし、家まで自転車を漕ぐうちに、ほんの少しずつ朝の気配が濃くなっていった。帰ると彼女はまだ起きて仕事をしていて、だから僕は眠る前におはようを言うことが出来た。

 

こうやって思い出して書いていると、すごく好きな感じの一日だった、ってことを再認識する。うん、すごくいい一日だった。好きな日だった。いい一日だった。