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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

眠れない夜の話

創作

眠れずにいた午前3時、なんとなくコンビニに行こうと外に出ると、家の前で道路工事をやっていた。工事はもう終わるようで、すでに穴は埋められ、ガス管がどうのという看板の向こうには轟音を響かせアスファルトを焼いている人がいた。うわ、ってなった。うわ、フリッパーズ・ギターじゃん。「午前3時のオプ」じゃん。午前3時の熱く焼けたアスファルトじゃん。

 

そうか、「午前3時の熱く焼けたアスファルトから 曲がり角まで逃げるころはほら溢れ出す」って歌詞、暗喩的な描写だと思っていたけど、真夜中に、工事終わりの靴底にベタベタと貼りつくような熱く焼けたアスファルトの上を歩いて、熱かったり臭いがキツかったりで早く通り抜けたくて曲がり角まで脚を早めるような、そういう日常の風景なのかもしれないな、もちろん正解はわからないけれど、そういう何でもない出来事をカッコよく描写してるだけなのかもな、いやいやそもそもカッコいいひとたちってのは何でもない出来事がそのままカッコよかったりすんだよな、そんなことを考えながら曲がり角まで歩いた。

 

角を曲がると広い通りに出る。六車線ある大きな道だ。とはいえこの時間だと交通量はだいぶ減る。信号待ちの間も車はほとんど通らない。人間はそれなりに活動しているようで、通りの向こうにはひとがふたり立っているのが見える。ひとりはモデルのようにスラリとした白人男性、もうひとりはよくいる大学生みたいなアジア人の男性。ふたりはカップルのようで、手をつないでいる。信号が変わり横断歩道で彼らとすれ違う。下を向いて何かを話しているけれど、声は何を話しているかは聴きとれない。彼らは恋人なのだろうか、それとも出会ったばかりだろうか?胸にあるのは愛なのか恋なのか性欲なのか、そのどれもが入り混じったような感情なのか。実は憎しみあっているのかもしれない。全くそうは見えないけれど。

 

道を渡って振りかえる。マンションにでも入ってしまったのか、それとも路地を曲がってしまったか、ふたりの姿は見つからない。そこまで興味があるわけでもないのでそれ以上探そうとはせず、目的地のコンビニへ向かう。コンビニの弁当の棚はスカスカで、甘いものにも食指は動かない。立ち読みしたい雑誌も特に見当たらず、店内をフラフラと歩いて、セール中のおでんの鍋を覗き込む。特に食べたいものもないけれどどれかひとつを買うとしたらどれかな、みたいな目線でおでんを見つめる。シャッフルにしたイヤホンからはceroが流れている。ここで俺が適当におでんを選ぶとすると、おでんの側からは「神様の気まぐれなその御手にすくい上げられて」みたいな感じになるんだな、などと考える。そのままおでんを見ているうちに煮詰まって色の染みたはんぺんの切なげな様に情がうつったりしてみるけれど、別に美味しそうではなかったので購入には至らず。おでんはやはり食べるものだからね。

 

店を出て、スウェットの裾からお腹のところに手をつっこんで、裾に手を包まらせながら歩く。腹部にあたる手がやたらと暖かく感じる。なんだかなあ、秋の夜長のひとり歩きは絵にならんなあ、と思う。もっと冬ならば、もっと寒ければ、コートのポケットに手を入れて、少し肩を強ばらせて、冬の星空の下を歩くなんてちょっとグッとくるのにな。秋の夜はなあ、真面目すぎていかんよ。風が澄んでて涼しくて、街は静かでストイックで、なんだかやけに正しくて。こんなに夜が正しいと、ふらふらと所在なさげにさまよい歩くことに罪悪感を覚えてしまう。こんな正しい夜に自分みたいなひとの居場所はないんじゃないか、そんなふうに思ってしまう。だからってさあ、帰ったらもう朝になってしまうし、朝になったらそれはいつものただの朝だし、いつもの朝は来てほしくないから、帰ることを躊躇ってしまう。帰って明日に備えるべきなのはわかっているのだけれど。眠らないと明日に響くとわかっているのだけれど。

 

ビルの谷間の公園で、ベンチに腰をおろしてみる。見上げる夜空に星はなく、ただ雲がまだらに浮かんでいる。夜はまだ漆黒に染まり、朝の気配は感じられない。「さあもっと遠くまでゆこう、もうどうせここに居るまま。」イヤホンからはフリッパーズ・ギターの歌声が響く。もう数時間で朝が来る。帰って眠るにはまだ早い気がする。どうせどこにも行けやしない、それはわかっているけれど、それでもどこかに行けるんじゃないか、明日ではないどこかにつながる道があるんじゃないか、そんなことを思ってるような気がする。座りこんだベンチはやけに居心地がよく、僕はそこから立ち上がることができずにいる。いつまでもそのまま、座りこんだままでいる。