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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

光の光の光の愛の光の

「光の光の光の愛の光の」三浦直之作・演出。CBGKシブゲキ。楽日の昼公演。感想文。

 

愛について、愛の矛盾と愛の輝きについて。

 

僕はあなたのことを一生愛しているし、死が二人を分かつまで一緒にいるし、あなたを好きじゃなくなることなんてありえなくて、あなたと他の女の娘とはもうなんか決定的に違って、特別で、世界にたったひとりの大切なひとである。僕のあなたへの愛は絶対であり、けして揺らぐことはなく、永遠である。永遠はここにある。絶対はここにある。光り輝くものは、奇跡はここにある。僕はあなたを愛している。

 

けれど僕たちは知っている。愛は消える。あれほどに輝かしかったはずのあの愛が、いまはもう消えてしまっている。昔、あんなに愛していたあのひとのことを、いまはもうなんとも思っていない。いまの僕の愛はあのときの僕の愛とは別物である。永遠で絶対で奇跡で光り輝いていたあの愛は、どこかに消えてなくなってしまった。

 

愛は絶対ではないのか?永遠ではないのか?いま確かにここにある、僕のあなたへの愛は、いつか消えてなくなってしまうようなものなのか?いま感じているこの永遠は、奇跡は、実は永遠でも奇跡でも何でもなく、いずれ消えてしまうような、すべては嘘になってしまうようなものなのか?だとしたら、僕が感じている愛は、僕が囁いている愛の言葉は、すべては「さよなら」と同じことなのだろうか?

 

でも、そんなことはないのだ。愛はいつか僕の中から消え去るのかもしれない。でも、愛には時間がない。いつか未来の僕の中にあなたへの愛がなかったとしても、それはいまの僕の中にある愛とはなんの関係もない。愛が永遠である、とはいまのこの瞬間が永遠であるということで、あなただけを永遠に愛し続ける、とはいまのこの瞬間の世界が永遠に続くということで、だからこの瞬間ではない世界とは何ら関係がない。愛は瞬間である。愛は世界である。僕が世界にひとりしか存在し得ないように、あなたもまた世界にひとりしか存在し得ない。「あなたを愛している」と言った瞬間、時間は止まり、「いま、ここ」の世界が永遠になる。存在の奇跡は二度と脅かされることはない。けして消えることなく輝き続ける。僕が続くと思うのならば、この瞬間は続くのだ、いつまでも。

 

もちろん愛は報われるか否かなんて関係なくすべてが愛で、片思いでも伝えられなくても終わりを予感していても、すべてが愛であるからすべてが等しく永遠である。すべての愛が永遠に輝き続ける。光り輝くたくさんの愛の中、二百年間続く愛を生きる男が、死んでしまったひとへの愛を送り続け、遂にはそれが届いてしまう、あのラストシーンの美しさ。あんなのねえ、どうしたってさあ、泣いてしまうよねえ。

 

三浦直之さんにとって、「愛」ってほんとうに大切なものなのだろうな。いまの愛も過去の愛も、報われた愛も報われなかった愛も、伝わってしまった愛も伝えられなかった愛も、すべての愛が尊く、終わってしまった愛も永遠であるということ、それを形にするためにこのお芝居があったのだな、そんなふうに思った。自分のこの一年がまさにそんなふうだったから、余計にそう思ったのかな。

 

三浦さんの次回は横浜、ロロの「いつ高」。チケットはもう手元にある。楽しみだな。早く見たいな。