bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

箱根のホテルの一室にて

宿にいる。温泉に浸かりたいね、では浸かりにいこう、こういうシンプルなやりとりの結果、宿にいる。東京から電車に飛び乗り90分、バスに揺られて30分。素泊まりおひとり3000円。格安の温泉ホテルである。いまの時刻はもう8時。宿についたのは4時。まだ温泉には浸かっていない。いまのいままで寝ていたからだ。部屋に入ってテレビをつけて、なんとなくベッドに横たわったところまでは覚えている。そこから記憶がないので、どうやらそのまま寝てしまったらしい。そういえば、テレビから歓声が聴こえたような気がする。ぼんやりと目を開けると、豊真将が優勝していたような気がする。その次に目を開けると、タモリが広島の街をブラしていて、それでそのまま起きていまに至る。ところで豊真将は本当に優勝したのだろうか。あれは夢だったのだろうか。そもそも豊真将なんて力士は存在するのだろうか。

 

ググった。まず、優勝したのは豪栄道だった。初めて知った力士だけど良い名前だ。「豪栄道を待ちながら」みたいなベケットの二次創作を作りたくなる。何しろ発音がいい。発話の快楽に溢れている。Go-Way-Do。とにかく行動するっぽい感じが自己啓発的で良い。音の響きはもはやGODだ。寝ぼけていたとはいえ、そんな存在を間違えてしまっていた。「豪栄道を間違えながら」である。間違えながら眠っていたし、夢も見ていた。詳細は割愛するが、簡潔に述べると、夢の中で俺はだいぶ濃い目の血尿を流していた。おきてからしばらくはそれが夢だとわからなくて、やべえ血尿出たな、疲れとかで出るやつじゃないよな、腎臓がイカれてるのか、膀胱から大量出血してるのか、いずれにしてもヤバいな、保険証持ってきてよかったな、温泉って血尿に効くのかな…みたいなことを考えていた。その間ずっと、豪栄道のことは間違え続けていた。豪栄道さんごめんなさい。

 

じゃあ豊真将って誰だよ…と思って、こっちもググった、ふんふん、去年引退された力士さんなのね、学生相撲出身なのか、え、一度病気で相撲をやめて、完治してから改めて相撲を志し、大学中退して部屋に入門…最初はブランクに苦しみ、出稽古先の高校の相撲部員にも勝てない始末…そのときの相撲部員が…え、後の、ご、豪栄道!!!

 

なんだろう、この感じ。豪栄道が出てくる。豊真将だと思っていたら豪栄道で、豪栄道は実はGODで、豊真将を調べたら豪栄道が出てくる。何だこれは。汎神論か。万物に神は宿るのか。あらゆるところに豪栄道は現れるのか。雨に濡れたコスモスの花弁にも、バス停で中学生が食べているバナナの皮にも、新たな入居者を待つ元コンビニの居抜き物件にも、豪栄道は宿るのか。そうであるなら「豪栄道を待ちながら」なんて成立しないではないか。待っている間にも、豪栄道はここにいるのだから。

 

ところで僕が実際に待っているのは眠ったままいっこうに目を覚まさない彼女なわけで、だからこの文章は「彼女を待ちながら」なのだ。なんでこんなに起きないんだろ。さっきからiPhoneの目覚まし、6回はスヌーズしてる。ガンッガンにうるさいアラート音。これで目を覚まさないってことは、このひとは相当に疲れていたのだろうな。もしかしたら彼女も豪栄道なのかもしれないな。なにしろ全ては豪栄道なのだから。だとしたら、そりゃ、一場所戦い抜いた後なのだし、優勝という立派な結果を出したわけだし、明日には今場所の有終を飾る取り組みが待っているわけだし、このまま心ゆくまで眠らせてあげたいと思うのだ。大浴場の営業時間が終わっても、仕方ないことだと思うのだ。

 

すうすうと寝息をたて続ける彼女の寝顔に僕は言う。

豪栄道さん、初優勝おめでとうございます。

本当にお疲れ様でした。

いまは心ゆくまでおやすみください。

では、お風呂、お先にいただいてきます。

ついでにお酒も飲んできます。

では。