読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

FAKE

「FAKE」@渋谷ユーロスペース
土曜に鑑賞したので感想を書いてみる。

※積極的にネタバレするつもりはないけど、事前情報はできるだけ排除してみた方が楽しめる映画だと思うので、これから見るつもりの方は読まないほうがいいと思います。









ひとこと、面白かった!

この映画は、とても豊かな「ドキュメンタリー」の映画であって、「報道」ではない。
鑑賞中に、ほとんどのひとがそのことに思い至るはずだ。

多くの人が、「佐村河内守」というペテン師扱いされた男の「真実」を期待してこの映画を見に行くと思う。「真実」、映画を見る前のそれは「彼は本当は耳が聞こえるんじゃないか?」というものだろう。けれど、見終えたときに受け取る「真実」は、それとは全く違うものになっているはずだ。聞こえるかどうかなんてそんな些細なことはどうでもよく、もっと何か別の、佐村河内守という男の姿、佐村河内夫妻の姿、猫のおなか、一リットルの豆乳、ケーキ、ベランダからの景色、そういったものの全てが、ふたりの生活の積み重ねの豊かさが、見る者を圧倒する。見終えたあと、俺は佐村河内夫妻を好きになったよ。あの郊外のマンションの部屋の中、あの空間が愛おしくてたまらなくなった。

佐村河内夫妻の食事のシーン。奥さんがハンバーグを作る。焼きたてのハンバーグが食卓に並び、夫妻が食事をする。けれど、佐村河内守はハンバーグに手を付けない。豆乳を飲んでいる。黄色いパッケージの、一リットルの豆乳をコップについで、飲み干して、空のコップにまた豆乳をつぐ。森監督が「食べないんですか」と聞くと、奥さんが「いつもなんです、まず豆乳を飲むんです」と答える。「なぜ豆乳を飲むんですか」と聞くと、佐村河内守は「大好きだから、豆乳が…。先に他のものを食べると、お腹が膨れてしまって、豆乳を飲めなくなるから…」と答える。

僕はこのシーンで笑いながら泣いてしまった。
伝わるだろうか、このシーンの愛おしさが。

GINZAの松江哲明監督と岡村靖幸の対談記事で、松江監督が「ドキュメンタリーでしか撮れない素晴らしいシーンだ、劇映画であんな意味不明な脚本を書いたら役者は混乱する」と述べている。

でも、生活ってこんなことの繰り返しじゃないか。合理的でないお約束みたいな、二人だけにしか通じない常識みたいな、そういうものを積み重ねること、それが「誰かとともに生きる」ことの本質なんじゃないかと俺は思ってる。

同じ対談で、松江監督は、「『FAKE』ってタイトルは変えたほうがいいんじゃないか」と森監督に提案したときのエピソードを語っている。

“最初に僕が、「タイトルだけは変えたほうがいい」っていうメールを送ったあと、「じゃあ、こういうのはどう?」って返してきたのが、「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」。サンボマスターの曲名だったんです。「それは違うと思います」って僕は返しましたけど(笑)。”

俺はこのタイトル、いいと思うよ。
だってほんと、スクリーンに映っていたのは、愛だったもの。
ああ、俺が「愛」だと思っているもの、「愛」と呼んでいるもの、それが映し出されている、俺はそんなふうに思ったよ。

あれが「FAKE」だったとしたらかなりショックだなあ…




この日の上映は、嬉しいことがもうひとつあって、それは「この世界の片隅に」の予告編を見られたこと。生活を描くことで「愛」を映し出す、俺の知る限りで日本一それが上手い表現者こうの史代さんだと思っているのだけれど、こうのさんの代表作がついにアニメ映画になる。クラウドファンディングで資金集めをしていたので、俺も微力ながら出資させてもらった。楽しみでたまらない。

原作マンガは本当に本当に傑作なので、まだ読んでないひとは是非どうぞ。

この世界の片隅に(前編) (アクションコミックス)

この世界の片隅に(前編) (アクションコミックス)

この世界の片隅に(後編) (アクションコミックス)

この世界の片隅に(後編) (アクションコミックス)