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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

草食系と肉食系と

こないだ、恋愛トークイベント、というものに行ってきた。「草食系男子vs肉食系男子」っていうテーマの対談で、その感想を書こうかな、と思っていたのだけれど、あれこれ考えていたら感想というより「俺ならこうする」みたいな方に頭が行ったので、それを書いてみる。

まず、定義をする。構造と立場をはっきりさせる。

肉食系男子」とは、「隙あらば女性とやりたいのでいろんな女性を積極的に口説く男性」のことである。

「草食系男子」とは、「自分からは女性を口説きにいかない男子」のことである。
お気づきの通り、肉食系男子の定義には動機が含まれているのに対し、草食系男子の定義には動機が含まれていない。
だから、動機を入れて細分化する。

草食系男子には種類がある。
「ほんとうはいろんな女とやりたいけれど、否定されたくない・女性が怖い・方法がわからない等の理由で自分からは口説かない、でも向こうから来てくれる女性は拒まずみんなとやっちゃう男性」、いわゆる「ロールキャベツ男子」がひとつ。

「好きなひととしかやらないと決めてる、だから好きじゃない相手には手を出さない男性」、これは何だろう、「ロマンチックラブシンドローム男子」とか名付ければいいのかな。

あともちろん、ガチの草食系、いわゆる「アセクシャル」な男性もおりますな。

ここにさらに「モテる・モテない」って軸を掛け合わせて、これで定義と分類は終了。

あとはそれぞれのパターンのあるあるを並べたり、違いが人生にどう影響を及ぼしたり、自分はどれなのか、それがどのくらい生きづらさをもたらしているのか、ほんとうはどうなりたいのか、みたいな話を繰り出していく、かなあ。

パターンごとに、どんな話になり得るか、少しずつ書いてみよう。

まず肉食系。最も恋愛強者に見える肉食系だけれど、肉食系には肉食系の生きづらさがあるはずで、特にロマンチック・ラブ・イデオロギーを内面化しつつ肉食系やってるひとは、やってもやっても「愛」が見つからない、それどころか遠ざかっていく、ってことに絶望するはずなんですよね、論理的にいって。なぜなら、ロマンチック・ラブ・シンドロームの本質は「世界でただ一人の相手の獲得」であり、数を撃つ、という行為はその真逆の行為だから。数を撃つとどうしても比較をしちゃって、相対評価の罠に落ちるんですよね。

そういうひとが回復するのは、大抵、物語性の獲得なんですな。劇的な出来事の共有(これはワンナイトラブでも起こりうる)や、たまたま長続きした相手との歴史の共有、そういうところに物語性を、文学を見出して、「この物語を共有しているのはこいつだけだ、この唯一性こそが愛だ」ってなるわけです。

本物の肉食系はたぶんそんなことじゃ悩まない。愛なんて知らん、とにかくもっと女を抱かせろ。そういう花岡じったさんみたいな本物の肉食系男性、きっといるんだろうなあ、会ったことないけど。

次。
モテるロールキャベツ男子の行く末は、口説きテクを身につけて肉食系(隠れ肉食系もいる、女子でいう猛禽)になるか、ロールキャベツのまま安定したパートナーを見つけて(見つけてもらって)落ち着くか、「来るもの拒まず、さるもの追わず」を貫いて年を重ねていくか、って感じかなー。最後のパターンは、年齢重ねるとさらに2つに別れますね。サブカル有名人みたいになって勝手に寄ってくる女性が増えるパターンと、塩顔男子な見た目が衰えてモテなくなるパターン。年の取り方、大事ですね。

モテないロールキャベツ男子は…なんだろう、この層ボリュームが凄そうだな…「やりたいのにやれなくて悶々とする」ひとたちなので、酸っぱい葡萄よろしくミソジニーをこじらせたり、風俗にハマったり、ナンパ師に弟子入りしたりするんでしょうかね。もちろん、たまにため息つきながら真面目に生きてる人間が最も多数派なのは当たり前として、の話ですよ。

次。
ロマンチック・ラブ・シンドローム男子は、「モテる・モテない」の他にもうひとつ、「惚れっぽい・惚れにくい」って分類がはいる。彼ら(自分もこれだと思うんだけど)が幸せになるには、「惚れた相手にモテる」が必要なんですな。で、若いころって、男性わりかし惚れっぽいと思うんですよ。初心で女慣れしてないからちょっとしたきっかけですぐドキドキしちゃうし。ライフスタイルも固まってないし、自然な出会いも多いし。「好きなひと」がいて当たり前、あとはそのひとに好きになってもらえるか。こういうわかりやすい構図だと、あとは「落とせるようにがんばろう、魅力を磨いて行動しよう」でいいんだけどさ。
これが年とってくると、「好きなひとができる」のハードルが高くなってくるんだよね。自然な出会いも減る、独身者の割合も減る、ライフスタイルが似ている人との出会いも減る、おまけにどうやら「惚れるチカラ」みたいなのが弱くなってくる。「デートしてみないと、寝てみないと好きになれるかわからない」けれど「好きな相手じゃないとそもそも口説く気にならない」ってそれ詰んでね?みたいな状態になりがち。なので、「惚れたひとを落とせるか」の前に「どうしたら好きなひとができるか」が問題になってくる。なんだこの悩み。女子中学生みたいだな。

ちなみに、モテないロマンチック・ラブ・シンドローム男性が恋をした場合、ロマンチックと言うよりストーカーチックな存在になりやすいです。「片思いを貫き通す、諦めずに何度でも愛を伝える」なんてのは現代では完全にストーカーですからね、みなさん気をつけましょうね。

あと、ここまでセックスの話が出てないですね。「なぜそんなにセックスがしたいのか」「たくさんのひととワンナイトラブを繰り返すことと、決まったパートナーとセックスを繰り返すことと、どう違いがあるのか」「愛するひとがいても肉食系を辞められないのか」等々いくらでも広げられそうですが、承認欲求や支配欲、ミソジニースクールカーストが自己認識に与える影響、みたいな話しか僕には出来そうにないなあ。直接的に、セックスそのものの凄さを語らないと片手落ちな感じがするので、僕なら触らないかなあ。

あ、ただ、「愛情確認のためにセックスは必要なのか」ってのは触れるかなー。会場でも「愛情確認のためにセックスを使うのやめませんか」って話があって、それは「付き合わないならやらないよ」っていうのはたるいよ、っていう男子目線の話だったんだけど、自分は真逆のことを考えていた。自分が考えてたのは、「口説いて上手くいったらすぐセックスを期待されるのはダルいなあ」ってこと。自分はもうそんなに性欲がないので、口説きの手続きの一環としてセックスを盛り込まれるのは面倒なんだよね。昔から、セックスよりスキンシップのほうが好きなんだ。ずーっとセックスレスでいたいわけじゃないけど、隙あらばやりたいわけではないので、「愛情確認のためのセックス」が無くなると嬉しい。「セックスではない愛情確認」のほうがいい。

わりと取り留めもないけれど、最初に対立構造をバシッと出して、あとは個々のトピックについてそれぞれの立場から論じる、あと会場からツッコミ入れてもらいやすくするために話を振りまくったりツイート拾ったりする、みたいな感じでしょうか。とにかく立場と視座を明確にしておくとどんな話でも語りやすくて楽になるかなー。

あとやっぱり文章ではなく生身の人間を見に行くからには自己開示が必要だなあ、恥ずかしいこと、けど本当のこと、体重の乗った言葉、業としか言いようのない想い、そういうライブ感みたいのを生み出す熱を壇上のひとには期待したい。

以上、一観客が徒然と考えたのはそんなことでした。