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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

意地とか夢とか愛とか

早くに帰宅して、刺し身とビールをやっつけて、月曜からいい感じに酔っぱらって、倉本聰の「ライスカレー」を見てたらやたらとエモくなったので思ったことを勢いまかせに書いてみる。ここから後の文章は、推敲も息継ぎも一切無しで、最後まで一筆書きで一気に書く。


負けるか勝つか、予想で言えば敗色濃厚の場面で、意地んなって死地に突っ込んでいく人間の姿は、たまらなくロマンチックで、たまらなく美しい。もっと正確に言えば、意地んなってるわけではないのだ。ただ他にどうしようもなかったのだ。人生には意地を張る他に生きていく術のない場面があるのだ。そのくらい厄介なのだ、意地とか夢とか愛とかってやつは。

俺はそれをドラマのなかだけの話だとは思いたくない。フィクションの、お涙ちょうだいのための話だと思いたくない。意地、見栄、夢、美学、愛。俺は昔からそういうものの美しさこそがこの世で最も尊いと思ってきたし、いまだってそんなふうに思ってる。底が丸見えの底なし沼で、もがきながら見栄はって、ただの見栄だってみんなに見透かされて、それでも「あいつが幸せになってくれさえすれば俺はそれでいいんだよ」って言いたい。そんな台詞が吐ける人生でありたい。もちろんこれはただの比喩だけどさ。自分が夢見てた幸せとは違うかもしれない、待っているのは甘いだけの地獄かもしれない、でも好きになったら地獄の底の底まで行くしかないじゃん。俺のダチ公は最高のやつらだからさ、俺が地獄の底でぼろぼろになったら、傷が癒えるまで側に居てくれるよ。俺がもういいって言っても延々とビールを持ってきてくれるよ。傷なんてどうだっていいじゃん。そこまで意地張れる対象が見つかったことが奇跡じゃん。自分がブッ壊れるくらいエモくなる、それが愛の存在意義だし、夢だって美学だって意地だって何だっておんなじだよ。自分よりでかいもの、自分よりすごいもの、自分より大切なものを見つけてさ、絶対に敵わないって思いながらそんなことおクビにも出さずにさ、あんなやつなんてことねえよって、俺はあんなやつなんでもねえよ、5秒で畳んできてやるよって、そう言うんだよ。脚の震えを隠してさ、胸の高鳴りを隠してさ、なんでもねえふりしてさ、精一杯自分の形を保とうとして、でも肝心な場面では滅茶苦茶になって、無様な姿さらして、泣きながら言うんだよ、ほんとはずっと夢なんだ、諦めらんナイんだ、愛なんだって。俺はそういうふうに感情的になりたいんだ。醜くていい、女々しくていい。グシャグシャになりたいんだよ。その向こうにしか美しいものはないんだから。


倉本聰のドラマが美しいのは、みんな無様なクセに意地ばっか張るからだ。俺も美しくありたい。不器用で、優しくて、意地っ張りで見栄っ張りで、不器用で性根の優しい、そういう人間でありたい。そうあれたら、幸せなんかどうだっていい。その時点で幸せは約束されたようなもんだ。貧乏でいいよ、安定なんかどうだっていいよ、一生エモくいられればそれだけで最高だよ。大嵐みたいな人生で、エモくてエモくて気が狂いそうになりながら、普通がなんだか忘れてしまって、そのまま大往生を迎えればいいんだ。

畜生。
自分より大切なものを見つけなくちゃ。
愛されるより、愛さなくちゃ。
幸せなんて他のどこにもないんだから。
マジで。