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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

わからない

四月が終わると、ちょうど半年になる。

あのときは、世界が終わった、一生立ち直ることはできない、ずーっとどん底の底の底で生きていかなくてはならない、と思っていた。
そうとしか思えなかった。
空っぽの肉体をどうにかこうにか動かして、必死に会社員をやっていた。
ひとりになるのが恐ろしくて、空白が怖くて、買い物をして、酒を飲んで、ブログを書いて、とにかく隙間を埋めていた。
俺は死ぬまでひとりなんだ、このまま消えてなくなるんだ、これは俺に与えられた罰なんだ、そんなふうに思っていた。

ひとりで過ごす生活は、16年ぶりだった。
大学に入って、初めてひとを好きになって、運良く恋人になって、そこから6年間。
だんだん上手くいかなくなって、別のひとを好きになって、そのひとと半年前まで、10年間。
特に二人目のひとは、いろいろあって籍こそ入れなかったけれど、一緒に住んでた時間も長くて、ほとんど結婚してるみたいな感じだった。
改めて振り返ると、ほんと長かったんだな。

ほんとうに悲しいことに、傷は時間とともに塞がっていってしまう。
あのまま、悲しみにやられて死んでしまえればそれはそれでよかったのだろうけど、残念ながら、そうはならなかった。

半年が過ぎて、ひとりも案外悪くないな、と思ってる自分がいる。
ひとりで家事をして、本を読み、買い物をして、映画を見る。
酒を飲んで街をふらつく。
そういう暮らしが気に入りだしている。

戸惑っている。
ずーっと、好きなひとと一緒にいることが幸せなのだと思っていたから。
仕事や趣味や、そういうものに興味がなくて、ただ好きなひとと冗談を言いあって笑って過ごす、それしか幸せのかたちを知らなかったから。
「幸せのイメージ」からかけ離れた暮らしを楽しんでしまっていることが、自分を混乱させている。

自分はどうなりたいのだろう?
どうして寂しくないのだろう?
これから先、どんなふうな人生を送りたいのだろう?

わからない。

どうにでもなるさ、成り行きで、流されるように、ケ・セラ・セラ。
たぶんこのままだとそんなふうに時間を過ごすことになる。
それはそれで素敵だと思う。
でもそれでいいの?本当に?

わからない。わからない。

たぶん、中途半端に均衡してるからいけないんだと思う。
欠落と欲望が足りない。
中途半端に充足して、中途半端に満たされてる。
中途半端なところで釣り合っているから、振り子の運動が止まってしまっている。

思えばずーっと楽だったんだな。
幸せも、悲しみも、とにかくとても強烈で、疑う必要はなかったもの。

この凪いだ生活にもそのうち慣れるのだろうか。
普通の楽しさを普通の楽しさとして受け入れられるようになるのだろうか。
それとも、また嵐がやってくるのかな。
俺はどっちが嬉しいのかな。

考えれば考えるほどわからなくなっていく。
考えるそばから感じが消え去って、ただ座りの悪さだけが残ってる。
座りの悪さがなんなのか、それすら俺にはわからない。

海が見たい。
自分よりでっかいものに圧倒されたい。
真冬の北海道で自転車こいで叫ぶのもいいけどさ、いまは冬じゃないから、海見ながらただぼーっとしてたい。
そしたらそのうち、中途半端さを飲みこめるような気がするんだ。
わからないけど。