昔の話
特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
青春。
急にそんなこと言われても、困ってしまう。
僕の青春は、いつ始まって、いつ終わったんだろう?
母さん、僕のあの青春、どうしたんでせうね。
ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
谷底へ落したあの青春ですよ。
あれは好きな青春でしたよ。
本当かな。
僕は青春が好きだったのかな。
よくわからない。
きちんと青春を終わらせられているのか、そもそも僕に青春はあったのか。
なあ、青春もう終わっちまったのかなあ。
バーカ。まだ始まっちゃいねえよ。
ほんとに?
青春がよくわからないから、幼いころの話をする。
父も母も、本が好きだった。
当然、子供の僕も本が好きだった。
小学校のころは、休みの日にはいつも家族で図書館に出かけた。
たっぷり二時間かけて本を選んで、帰りにカツカレーを食べるのが決まりだった。
そこは運動部の大学生が通うような定食屋で、間違っても家族連れが行くような店ではないのだけれど、僕はその店が大好きだった。
山のようなカツカレーを無理やり押し込み、吐き気をこらえながら家に帰るまでがひとつの儀式のようになっていた。
でもなぜだろう、どんな本を読んでいたのか、あまり思い出せない。
カツカレーのことは鮮明に覚えているのに。
覚えている読書といえば、雑誌である。
当時、親父は「青春と読書」という文芸誌を購読していた。
集英社のPRを兼ねた小冊子で、僕はこの雑誌が大好きだった。
そのころは確か、椎名誠、嵐山光三郎、清水義範、中島らも、夢枕獏、原田宗典、辻仁成、さくらももこ、といった面々が連載を持っていた、ように記憶している。
谷川俊太郎も書いていたっけかなあ。
執筆者がわかる人なら大体わかると思うのだけれど、掲載されているのはいい意味でくだらない話ばっかりだった。
ドラッグの知識、局部にタイガーバームを塗って瞑想する自慰のやり方、めしをたくさん食うやつが一番えらいのだという価値観、前田日明の強さ。
こんなことばっかり書いてる雑誌だった。
僕がスカスカした、適当なものを愛するのは、このあたりに源流があるのかもしれない。
小学校の高学年か、中学に上がった後だったか。
僕は自分の小遣いで本を買うようになった。
地元には街の中心部を流れる綺麗な川がある。
家と街とを結ぶ線と川とがちょうどぶつかるあたり、川のほとりに汚い古本屋があった。
屋外に三冊百円の文庫本コーナーがあって、川風にさらされたほこりっぽい文庫本が大量に並んでいて、僕はそこに毎週通っていた。
筒井康隆の文庫本はほとんどそこでそろえたんじゃなかったか。
ツービートの「わっ毒ガスだ!」を見つけたときは妙にうれしかった。
ポール牧や村田英雄のネタが気に入って、学校でしゃべるんだけど世代が違うから誰にも通じなくて、あれは悲しかったなあ。
こうして思い出してみると、夕方に自転車こいであの古本屋に行って、日が暮れて本が見えなくなるまでのわずかな時間、川沿いの三冊百円コーナーで背中丸めて必死になって本を選んでいた、あれはなんとなく青春だったのかもしれない。
何年か前に行ってみたら、古本屋はもうなくなっていて、跡地にはちょっとお洒落なカフェ兼レコードショップみたいな店が出来ていた。
ほんとうに気持ちの良い川っぺりだから、古本屋よりカフェのほうがずーっとふさわしいのだけれど、やっぱり寂しい感じがしたよ。
よくわからないままに書いてみたら、なんとなく青春っぽい話が出てきてちょっと驚いた。
一冊の話にはならなかったな。
そんなもんか。