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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

浮かぶ

十三時半から会議で昇格審査の候補者決めるから、候補者リストまとめておいて。そう言われたのが十一時五十分。そっから急いで資料を作るけど、さすがに十分で作業を終えることはできなくて、お昼休みの鐘がなる。

昼飯抜かなくてもたぶん間に合う、でも食べに行くほど余裕でもない。とりあえず会社の近くの屋台村行ってタイカレーでも買ってくっか。

そう決めて外に出る。朝の雨は上がっているけど、空はまだどんよりと重たい。湿気を含んだ暖かい空気を感じながら、足早に屋台を目指す。

歩きながらふと重大なことを思い出す。

あ、そういえば俺って俺のこと俺だと思ってたけど本当は俺って俺じゃないんじゃん。

思い出した途端、下腹のあたりがぬわーんと持ち上がる感じがして、体が風船みたいにふわふわ浮き上がっていく。UFOにアブダクションされているみたいに、立った姿勢のまま垂直に空へ飛んでいく。

うわうわ高い高い、氷川神社が真下に見える。少し向こうに赤坂御所が、もっと遠くに神宮の森が見える。木々の緑にぽつりぽつりと桜色。花見じゃ見上げるばっかりだけど、上から見る桜ってのも綺麗だなー。

浮かんでんのは気になるけどそんなことより俺は俺じゃなくて誰なんだっけ。思い出せそうで思い出せない。ここまで出かかってんのになー。つげ義春の弟も漫画家だってのは覚えてんのに名前がどうしても出てこない、みたいな。グレイト3とヒックスヴィルが分かれる前のバンドの名前なんだっけ、みたいな。なんだっけな、出てきそうで出てこない。

それにしても高いぞこれは。ひとも車もドットにしか見えなくなった。でも意外と怖くはない。俺は俺じゃなくて空飛ぶ生き物だったのかな?そうかもしれない。俺はほんとうは白鳥か何かで、もうとっくに北国に向かって旅立ってなくちゃいけなかったのかもしれない。だとしたら嫌だな、ひとりでシベリアまで飛ぶなんて罰ゲームじゃん。たどり着いたところで罰ゲームじゃん。本能の命ずるままにセルフでシベリア送りて。白鳥どんだけスターリニストやねん。

なんだろう思い出せない忘れてる。俺は誰なんだっけ。あともう少しなのに。なんだっけ。思い出せ。思い出せ思い出せ思い出せ。

そうだ俺は十三時半までに昇格審査の候補者リストを作らなきゃいけないんだ。

それを思い出した瞬間、俺の体は猛スピードで落下を始める。耳元で風を切る音が聞こえ、そのまま地面に激突して、ぐちゃっと潰れて俺は死ぬ。