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bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

刺激と澱と愚痴と笑いと

毎日、どうですか。
仕事に恋に充実していますか。
鉄板の上で焼かれてイヤになっていますか。

たぶん、どっちかに偏ってる人ってそんなに多くないですよね。
生活してれば、ハッピーもモヤモヤも訪れる。
それも、ひとつのことから両方を感じたりもする。
デートしてほんと楽しかった、趣味もあって会話のセンスも最高だった、でも予約大変な店おさえてご馳走したのに「ありがとう」って言ってもらえなかったな、とか。
キックオフした当初はおいおいこんな山登れるかよ…と思ったけど仲間と力を合わせてひとつひとつ乗り越えてったら期限内に形にすることができて最高の気分、でもよく考えたら山の部分のほとんどは頭のおかしいクライアントを押さえつけるとこだったな…期待もしてなかったけど、お褒めの言葉の一つもなかったな…とか。

もちろん、ハッピーとモヤモヤが別々に訪れることもある。
恋愛絶好調、仕事最悪。
あるいは、その逆も。

そんなとき、多くのひとはハッピーを支えにして毎日すすんでいくと思うんですけど、それでモヤモヤってなくなりますか。
なくなる人もいるのかな、僕はなくならないタイプです。
無視してたモヤモヤは心の底に澱のように溜まって、ゆっくりゆっくり自分にダメージを与えていく。

モヤモヤを発散する方法もたくさんあります。
楽しいこと、カラオケだったりアウトドアだったり読書だったり他の趣味だったり洗濯だったり。
そうやってひとりで解消できることあるし、昔ながらの「愚痴を聞いてもらう」ってのもあります。
吐き出すことを目的にした女子会(行ったことないから実在するのかしらんけど)とか、サラリーマンが仕事上がりに飲む時の会話とか、恋人に甘えて愚痴聞いてもらうとか。
 
だらだらと書いてきて何が言いたいのかというと、最近、「愚痴る」って悪いものだと捉えられすぎてやしないかなあ、ってことなのです。

そりゃ、夜中に電話してきて愚痴だけ言って「ああスッキリした、じゃね」って電話切られたらうるせえ睡眠時間返せ死ね、って思うし、たいして親しくもない、飲み屋で隣になっただけのオッサンから愚痴聞かされたらなんだこれホステスかよバイト代出せよ、って思う。

でも、親しい友達とか、恋人とか、「このひとはもう絶対って言っていいくらいの安心感で俺のこと嫌いにならないな」って関係性の人たちと、「ちょっと聞いてほしいことあんだけどさ」って愚痴って、「あんたは悪くない、相手が悪い」「ほんと大変だったね、おつかれさま、よくやったよ」「でも次があったらも少しこうしたらもっと賢くやれると思うよ」って共感と労いとアドバイスの言葉をかけてもらうことって、最高じゃないですか。
恋人だったらそのまま抱きしめてもらったりね。
そんなのって最高に最高じゃないですか。

なんかそういうのまで、「ひとに負担をかけてはいけない、自分の心の穴は自分で処理せねばならない」みたいな風潮に飲み込まれてやしませんかね。
そんな風潮、ないですか?
そんなふうに思ってんの、自分だけでしょうか?

僕は友達が少なくて、恋人もこないだいなくなったばっかなんですけど、「知り合い?友達?」みたいなためらいなしに「友達です」って言える人なら、いくらでも愚痴聞くし、いくらでも迷惑かけてくれて構わない。
自分が辛い時にはみんなそうしてくれるから。

あ、あと、愚痴るときって笑い話にするの大事ですよね。
少しでも聞いてる方の負荷を軽くするため、ついでに自分の気持ちも少しでも軽くするために。

というわけで、愚痴言い合える友達っていいよねー、って話と、愚痴ですらエンタテイメントにできるようにトーク技術を鍛えとくといいことありますよ、って話でした。

では、書き終わったので出社します。
ちょっと早すぎんな、遠回りして散歩でもしよっかな。
桜はどんだけ咲いたかなー。