bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

3月の終わりの土曜日に

動画を見ていた。

画面には様々なティーンの女の子が映し出される。
美容外科的な観点からは、けして美人とは言い難い女の子たち。
そばかすだったり、歯を矯正していたり、度のきつい大きなメガネをかけていたり、太っていたり。
髪の色も肌の色も様々。
お洒落に着飾った娘はひとりもいない。
殺風景な教室や自分の部屋で、Webカメラで撮った、自撮りの動画。
それをいろんなとこから勝手に集めて、繋げた映像。

自分があこがれのポップ・スターかお姫様か、あるいはもっと素敵な何かであるように、髪をかきあげ、ベッドの上で飛び跳ねて、フレーム・インとフレーム・アウトで大胆に遊び、笑い転げる女の子。
電気を消してベッドに寝そべり、修学旅行の夜に親友と話すように、カメラに向かって何かを語りかける太った白人の女の子。
壁がボコボコにへこんだ薄暗いトイレの個室でカメラを睨みつけながら口紅を塗る女の子。
誰もいない昼間のリビングで、シリアルをばら撒き、髪をかきむしって何かを叫ぶ赤毛の女の子。

そういう、いろんなシチュエーションの動画が、ほんの何秒かずつコラージュされて、5分少々の映像になっていた。

それを見てたら、なんだかもう胸が締め付けられてたまらなくなってしまって、ガス抜きのためにこの文章を書いている。

エロとかそういうの抜きにして、女の子の可愛い部分をぎゅーっと凝縮したものをバシーンと叩きつけられたというか、心のすきまに押しこまれたというか。
恋をしているような気持ちになった。
相手もいないのに。

たぶん、女の子って、生きてるだけで可愛いんだな。
笑ってても笑ってなくても、ヘコんでても悩んでても、年齢だって関係なく。
肩に入ってる力さえ抜ければ、仮面じゃない素の顔さえ見えれば、もうそれで可愛いんだな。
何なんだろうな、女の子。
ずるいよ。

午前中、近所の公園にいったら、昨日は咲いてなかった桜に四輪だけ花がついてた。
たったそれだけの桜だけれど、周りのベンチにはおじいちゃんやおばあちゃんや子連れのお母さんがたくさん座ってて、何となく楽しそうにしていた。
俺もベンチに座ってその場に留まりたかったけれど、寝グセ頭で寝起きのジャージにモッズコートだけ羽織って、相対的にものすごーくダメな感じの風体だったから、なんとなく遠慮して、ベンチには座らずに歩いて通りすぎるだけにした。
それでもやっぱり、何となく胸は踊ったし、芝生の感触は足裏に心地よかったよ。

春が来る。