劇場版501
「劇場版501」を見に渋谷のユーロスペースに行った。
見終えたあと、渋谷駅まで行ったんだけど、何となく電車に乗る気分じゃなくって、新宿まで歩いて帰ることにした。
耳にイヤホンを刺し、ディストーションギターを爆音で鳴らす。
1月4日、深夜の渋谷を歩く。
いつもなら混雑するスクランブル交差点もすいすい歩ける。
駅に向かう人たちとすれ違いながら歩く。
タワレコ前まで来ると歩いてる人はほぼ皆無。
明治通りに入っても誰もいない。
お店もみんな閉まってる。
初売り、SALE、最大70%オフ。
明かりの消えたショーウィンドーにはおんなじような言葉が並ぶ。
ラフォーレ、原宿通り、今は亡き国立競技場。
北に向かってとにかく歩く。
頭の中では、さっき見た映像がぐじゃぐじゃと煮詰まっている。
歩きながら、思いつくままに感じたことをTwitterに書いた。
ビーバップみのる監督「劇場版501」を見てきた。90年代後半のよしもとよしともや初期のいましろたかしを思い出した。熱情はくすぶり、空回りする。気持ちは伝わらない。自分なりにがんばってるけど、どうしてもスカッとしない。青春を終わらせられないオッサンの私小説だった。すげえグッときた。
— U次郎 (@Ujirou) 2016, 1月 4
「劇場版501」感想続き。テレキャノとは違い、エンタメ要素は強くない。笑えるシーンは少なかった。あと、ラスト30分はマジで辛かった。なんだか自分の未来を見ているみたいで。「福祉」の2文字が頭を離れず、あれをただのネタとして飲み込める力は俺には無いし、この先も無くていいと思った。
— U次郎 (@Ujirou) 2016, 1月 4
「劇場版501」感想ラスト。しんどいとこも多いんだけど、ビーバップみのる監督の、地に足の付いてないフワフワした可愛さが全てを救ってる。髪型似てるから言うわけじゃないけど、峯田和伸みたいな空気感あった。あと何も関係ないけど峯田より俺の大学の友達に似てる。
— U次郎 (@Ujirou) 2016, 1月 4
書きながら首都高を越える。
新宿御苑の脇を歩く。
まだ頭はグルグルしている。
たぶん、ビーバップみのる監督の頭の中も、俺と同じようにグルグルしている。
映画のラスト30分、監督は明らかにオチを付けようとしていた。
自分の迷いに対する落とし前を、映画的な仕掛けを通してつけることで、作品のオチにしようとしていた。
ただ、あれはそもそも、オチとしては弱かったんじゃないか。
そんなこと、やる前からわかってたはずだ。
あれをやったって、自分にも、作品にも、きれいなオチをつけることにはならない。
わかってるけど、やらずにはいられなかった。
商業監督だから。
何らかの落とし前をつけて、作品を完成させなければいけないから。
だからたぶん、監督としては、あれは不本意な作品、もっと言えば失敗作だと認識してるんじゃないか、と思う。
ドキュメントAVを撮ろうとして、失敗して、「失敗して足掻く自分についてのドキュメント」を作ろうとしたけど、それも思ったとおりに作れなかった。
監督の認識は、こういう感じなんじゃないだろうか。
ただ、劇場版501が俺をこんなにグルグルさせるのは、まさにあれが上手くいかなかったからだ。
足掻いて足掻いて、上手く行かなくて、どうしていいかわからなくて、でもどうにかしたい気持ちと後悔だけはメチャクチャあって。
そういう監督の姿がゴロンと生肉の塊みたいに提示されてて、そのいびつさとか、カッコ悪さとか、生々しさとか、そういうものがいちいち胸を打つ。
出来上がったモノを見て、どうにも居心地の悪さを感じて、公開後にまた編集してしまう、そういう往生際の悪さにたまらなくなる。
だって、あれは俺だからだ。
高校、大学を経て平ヅラの社会人のオッサンになったいまに至るまでずーっとくすぶり続けている、俺の中に僅かに、けれどしっかりとこびりついている、ロックンロールのかけらの発露だからだ。
もう大人だし、それなりに仕事は忙しいし、収入考えたら会社やめることもできない、その勇気も無鉄砲さもない。
何かを本気でやってやろう、なんて思ってないし、そこまで熱く燃え上がるものもない。
でも確かに胸の中にはくすぶってるものがあって、チラチラと顔を出して俺を苦しめる。
それでいいのか?それでいいのか?って俺に問う。
そういうときは、昔から、夜の街を歩くのだ。
イヤホンで爆音鳴らして、ただひたすらに歩くのだ。
ちょうど、今みたいに。
家に帰ったら、風呂に入って、ウイスキーを少し飲んで、寝よう。
明日、仕事が終わったら、ハマジムの会員になって、完全版501を見てやろう。
しばらく、酒量が増えるかもしれないなあ。
旨い酒でも買おうかな、その代わりに通勤は歩きにしようかなあ。
そんなことを考えながら、靖国通りを歩いていく。
もうすぐ家についてしまう。
まだ、帰りたくないけれど、たぶん寄り道はしないだろう。
なんとなくそう思った。