出勤
俺の部屋には日がささない。
どうせ日がささないから、カーテンは閉めたままだ。
朝おきて最初にするのは、部屋の電気をつけること。
身支度をして、ドアを開けて初めて、きょうの空がどんななのかを知ることになる。
冬が好きだ。
どこまでも見渡せるような澄んだ青空。
強すぎない、柔らかい光に浮かび上がる、都市の陰影。
肌を刺す冷気が、身体をぎゅっと引き締める。
ともすればだらしなく、輪郭を失って溶けていきそうになる身体を、一個の塊に戻してくれる。
すべてのものがはっきりと、境界線を正しくする。
冬はそういう季節だと思う。
今朝は、冬の朝として完璧だった。
街は白い光に包まれ、冷気はひんやりと頬を包み、空はブルーグレーに輝いていた。
会社に行くのがもったいないような朝だった。
駅までの道のりを迷いながら歩き、そのまま駅を通り越して、コーヒーを買い、大きな公園に入った。
三十分ほど遅れます、会社にそうメールして、公園を歩いた。
公園には誰もいなかった。
聞こえるのは、遠くから聞こえる車の音と、足元でカサカサと鳴る枯れ葉の音。
コーヒーの香り。
不織布のような、やわらかい紙コップの手触り。
手のひらに伝わる温かさ。
ゆっくりと木立ちを歩き、コーヒーを飲み、空を見上げる。
こういう、満ち足りた気持ちが、消えなければいい。
ずーっと、こんな朝だけで生きていけたらいい。
そんなことあり得るのかな。
わかんねえな。
少なくとも、まだまだ修行が必要だな。
通勤も仕事も修行のうちなのだろうか。
その修行は、こんな朝につながる修行なのだろうか。
そんなことより食い扶持か。
公園を後にして、通勤のために駅に向かった。
紙コップを捨てられるゴミ箱は公園にも駅にも見つからず、俺は空のコップとともに会社へ向かった。