bronson69の日記

いつか読み返して楽しむための文章。

出勤

俺の部屋には日がささない。
どうせ日がささないから、カーテンは閉めたままだ。
朝おきて最初にするのは、部屋の電気をつけること。
身支度をして、ドアを開けて初めて、きょうの空がどんななのかを知ることになる。

冬が好きだ。
どこまでも見渡せるような澄んだ青空。
強すぎない、柔らかい光に浮かび上がる、都市の陰影。
肌を刺す冷気が、身体をぎゅっと引き締める。
ともすればだらしなく、輪郭を失って溶けていきそうになる身体を、一個の塊に戻してくれる。
すべてのものがはっきりと、境界線を正しくする。
冬はそういう季節だと思う。

今朝は、冬の朝として完璧だった。
街は白い光に包まれ、冷気はひんやりと頬を包み、空はブルーグレーに輝いていた。
会社に行くのがもったいないような朝だった。
駅までの道のりを迷いながら歩き、そのまま駅を通り越して、コーヒーを買い、大きな公園に入った。
三十分ほど遅れます、会社にそうメールして、公園を歩いた。
公園には誰もいなかった。
聞こえるのは、遠くから聞こえる車の音と、足元でカサカサと鳴る枯れ葉の音。
コーヒーの香り。
不織布のような、やわらかい紙コップの手触り。
手のひらに伝わる温かさ。
ゆっくりと木立ちを歩き、コーヒーを飲み、空を見上げる。

こういう、満ち足りた気持ちが、消えなければいい。
ずーっと、こんな朝だけで生きていけたらいい。
そんなことあり得るのかな。
わかんねえな。
少なくとも、まだまだ修行が必要だな。

通勤も仕事も修行のうちなのだろうか。
その修行は、こんな朝につながる修行なのだろうか。
そんなことより食い扶持か。

公園を後にして、通勤のために駅に向かった。
紙コップを捨てられるゴミ箱は公園にも駅にも見つからず、俺は空のコップとともに会社へ向かった。